この春、私は地元の大学を卒業して上京しました。
それは、私にとって大きな決断でした。
多くの友達は厳しい就活で、一般の会社に就職していきましたが、
私は就活は全く経験していません。
と言うのも、
私の兄が5年前に東京でお花の店舗を開業していて、
一緒にお店をやらないかと言うことで、
私はそうしました。
一緒にやるという意味は、
オーナーとしてやってみないかと言うことでした。
兄は私よりも8歳年上で結婚してて、
生まれたばかりの、女の赤ちゃんが居ます。
兄は3店舗の花屋さんを開いていて、
その1店が原宿にありました。
原宿のお店はオープンしたばかりの、ちっちゃなお店です。
全てがこれからという段階でした。
他の2店については結構人気も良くて、規模もそこそこで、
繁盛していました。
兄の夢は、
将来、もっと多くの店舗を展開していき、少しでも多くの人に
花の魅力を伝え、心豊かになってもらいたいこという夢でした。
私はそんな兄の夢に強く惹かれ決心しました。
ですが、ですが、
オーナーとか経営者なんて、とんでもないことです。
全く知らない、未経験の、私には無関係の世界です。
何一つ、分かりません。
そんな大それたこと、私にできるはずもありません。
そんな私に、
兄は、
やってみないと始まらない!
とにかくやってみろ! と言うのです。
勿論、迷いもしましたが、
兄の夢の、
多くの人に、花を魅了してもらい、心豊かになってもらいたいという
言葉で決心したのです。
色々兄に教えてもらいながら、自分でも勉強しながら、
やることにしたのです。
で、早速、
この春から、名ばかりのオーナー、兼、何でも係り、雑用専任、
お掃除、お茶くみ、買い物、運搬、お金の計算、お花の世話、
お花育て、仕入れ、お花の展示、お客様の応対、接待、プレート作り、
値決め、、、何でもいっぱい、、、何もかも、、、が始まりました。
兄は、
私のことを小さい時からとても大事にしてくれました。
二人兄弟で歳が離れていることもあってか、兄弟喧嘩もなく
可愛がられていたことしか記憶がありません。
兄は、私のために、フラワーデザイナーの学校を手続してくれてて、
そこで、勉強をして、対外的に通用する資格を取るように
準備をしてくれていました。
言われた通りに、
仕事が終わると、その学校に毎日ではありませんが通い、
現在勉強をしています。
そこには、今まで私の知らなかった世界が広がっていました。
私は、花がとても好きです。
本当に好きです。
ですが、それは自分が花を見て楽しむことです。
喜びを多くの人に伝えることは今まで、あまり
したことはありませんでした。
友達の誕生日に私の育てた花の苗をプレゼントするとか、
近所の人から美味しいお菓子をもらってお花をお返しした
ことはあります。
多くの人に、花の魅了で豊かな心になってもらい、
花のある生活空間を作り出し、心和み潤ってもらうなんて、
そんな発想はなかったのです。
ですが、兄の夢に共鳴し心を動かされました。
やってみよう! そう思いました。
兄は、ダメならやめればいいだけだし、
一からやり直すことだって幾らだって出来る。
そう言ってくれました。
頑張ろうと思いました。
兄の好意に甘えて、学校にも通うようになりました。
色んな経費は全て兄が負担してくれ、
いつか返済するということでスタートしたのです。
3ヵ月が経ちました。
原宿のお花屋さんは私が思っているよりは、
はるかに小さなお店でした。
ですが、私にとってはお店の大きさは、
何の関係もありませんでした。
小さい程、いいなと思っていました。
花の香に囲まれて、入荷されてくるお花を
自分なりに大きく育てることが一番の満足でした。
そのお花を買って下さるお客様の表情で、
少しでも豊かな気持ちになってくれることで、
私はとても満足していました。
やりがいのある仕事だと感じました。
兄の話では、
原宿のお店の利益は、私が来てから、とても良いそうです。
私には、良いのか悪いのかもよく分かりませんでしたが、
お店の規模からすると、とってもいいそうです。
兄は、利益については、あまり触れませんでした。
私を遠くから見守ってくれてるって感じです。
私には特技がありました。
それは、枯れかけた花を元気に育てるということです。
実家に居る時には、ほとんどの花を、
そのようにしていましたので、特技と言うより、
私にとっては普通のことでした。
ですから、お花は元気のない物や枯れかけている苗なども
積極的に安く仕入れていきました。
それらのお花を元気に育て上げて、お店に並べるのが、
とても楽しく嬉しかったのです。
仕入れ先からも売れない花を私が買うので、
とても喜んでもらえました。
値段はビックリする程に安くしてもらえましたし、
度々、タダでいっぱいの苗をもらったりしました。
売れないので、置いていくと言うのです。
遠慮なく全部頂きました。
その花を元気に復活させて、お客様に安い値段で
買ってもらいました。
私としてはタダで仕入れたお花を、お客様が1つ残らず
買ってくれるので、何だか、
とっても悪いなって思っていました。
ある時、
フラワーデザイナーの学校で自由の課題発表がありました。
各自が花のデザインを考えて、独創的なオリジナル作品を作り、
先生や皆の前で発表するのです。
作品に名前を付けて発表します。
私は、とんでもない作品を発表してしまったようです。
と言うのも、自由の課題だということでしたので、
私の思っているイメージをそのまま作品にしたのです。
名前は「岩に刺さる野草」でした。
名前からして変でした。
他の人はきっと、そう思ったでしょう。
私の作品は、
先ず、花器は黒色で高さのない大きめの長方形の陶器を使いました。
その花器の上に、荒々しい角のある大きな自然石を一番左側に、
やや小さめの丸っこい自然石と、もう少し小さい角ばった石を
2つ並べて右端に置きました。
左右の石の間を埋めるようにゴロゴロした角ばった石を一面に敷き詰め
その上に、大小の木の枝を手で折って無造作にバラまき、
左の尖った大きな石に沿って坂道を土で作りました。
中央から右の2個の石までをジューンベリーで埋め尽くし、
その中央に太めの枝木を垂直に立てました。
小道の中央側に一輪のアザミを植え込みました。
最後の仕上げとして、小道の先端に谷間を作り丸太の小さな橋を
作りました。 私の故郷の、あの森でした。
みんなの前での作品の説明は次の通りです。
説明内容は、
美しい大自然の中で誰にも知れず、ひっそりと咲いている野草の姿を表現しました。
自然は綺麗に見えますが、実際はとても厳しく、荒々しく、過酷な世界です。
ですが、そんな条件にも負けず、こんなにもキレイに野草は花を咲かせます。
生きるために花を咲かせ種を作り、次の世代へと繋いでいきます。
その姿に、私は、純粋な美しさを感じ、とても心を打ちます。
とか何とか言った様に思います。。。。。
・・・
・・・
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説明が終わって周囲を見渡すと、、、、
あれれ、、、、、?
しーーーーーーーーーーーん
教室が静かになってしまいました。
先生も各人の発表について感想や評価などをしてくれるのですが、
私の作品には、何も言ってくれません。
あ~ 私! とんでもない変な作品を作ってしまった!
ど~しよう、、、、?
と、その時、
先生が、私に質問しました。
その大きな石の下に沿って登ってる小道の先にある、
橋? 丸太の橋のようなものは、、、何ですか?
何か意味があるのですか?
私は、正直、え! っと思いました。
私自身も何故自分がそれを作ったのか分からないのです。
何となく、その時のイメージで作っただけだったからです。
あ、 はい、、、これは、、、
これは、、、、、言葉が出ません。
私は、少し考えて答えました。
分かりません。分からないのですが、
私のイメージで勝手にそれができてしまいました。
ただ、今思うのですが、
この橋は「幸せの橋」です。
ですが、決して「渡ってはいけない橋」なんです。
そんな気がします。。。。小さな声で言いました。
あ~ 私! 何言ってるの、、、?
支離滅裂だし、変な作品を作ってしまった!
私って、何でバカなの!
先生も皆も、きっと呆れて何も言えなかったんだわ!
何て未熟なんだろう!
この作品についての説明は発表した内容の通りです。
ですが、
それは私の思う内容の約半分でした。
残りの半分は、もし名前や説明をするとしたら
次のようになると思います。
それは絶対に誰にも言えないことです。
名前は、「内蔵と岩石の調和」です。
説明は、
柔らかい腹部に荒々しく、尖った自然の岩石の先端が
食い込み、内蔵と岩石が完全に合体している姿です。
つまり、肉体と自然の完全な調和を意味しています。
そのために、体は心と内臓を差し出し、自然は
美しい花と魅力的な空間を差し出しているのです。
岩が私の内臓に食い込んだ状態で見た時の、森の自然の姿です。
実際に、私は
自分の部屋でこの石たち全てに、内臓を与え続けて来ました。
何度も何度もこの石の上にうつ伏せになって、尖った
先端で腹部のあらゆる内臓と接触させてきました。
石は私の小腸や子宮の感触を味わい、同時に命の鼓動を
感じ、体温を吸い尽くし、腹部表面の皮膚組織を、もぎ取って
私の体と内臓を通じて一体になってきました。
それも幾度となくです。
そんなこと言える内容ではありません。
ですが、間違いなくそれを表わそうとした作品です。
ハッキリ言って、そちらの方がメインです。
ですが、ここはフラワーデザイナーの学校です。
お花をいっぱい使って、
華やかな作品を作った方が良いに決まっています。
それを地味な野草のみで、
花はアザミしか使わずにアレンジするなんて、
あ~ 私って何てバカなんでしょう!
反省しました。
1年が過ぎました。
フラワーデザイナーの資格も何とか取れました。
ですが、学校へは引き続き通うことにしました。
花の組み合わせで色んな事を表現できることが少しづつ
分かってきました。
小さな私のお花屋さんの前に、立て看板を作りました。
フラワーデザイナーのお仕事の請負です。
すると、なんと
たまにですが、そのお仕事が入るようになりました。
お客様の希望を聞くと同時に自分のイメージを伝え
アレンジメントをしていきました。
花を使えば色んなことが表現できる!
そんな風に思えるようになりました。
ある日の朝、私がお店に出る時でした。
お店の途中の交差点で、信号待ちをしていました。
私のすぐ横に、
女の子が手に引かれた親子連れが居ました。
女の子は幼稚園児でしょうか?
目が合ったのでにっこり笑うと、
恥ずかしそうに笑い返してきました。
信号が青になりました。
すると、
すぐ前の背の高いスーツの男の人が、
直ぐに歩き出しました。
と、その時です。
白の自動車が急ブレーキを掛けながら
「キーーーーーーーーーー!」という音で
男の人に向けて突っ込んでいきます。
あっ!
私はとっさに「危ない!」そう思った瞬間、
横断歩道に飛び出していました。
自動車は、私のすぐ目の前で止まり、
一瞬、自分がどこか別の世界に飛ばされた感じがして、
ドキッ!としました。
目の前が白くなり、木の上に立ってる自分の
足元が崩れてどこかに落ちていく感覚がして、
目まいをお覚えました。
立っている私に、
親子連れの二人が直ぐに近づいて来て、
母親が大丈夫ですか、と私を気づかってくれました。
女の子も「おねえちゃん、大丈夫?」と言って
私の顔を見上げています。
大丈夫です。 何でもありません。
有難うございます。
本当に何でもありませんから。
そう言って、にっこりしました。
運転手さんも、すみませんと言って立ち去りました。
車は横断歩道のちょうど真ん中に止まったのですが、
走り去った後の歩道に、ブルーのハンカチが落ちていました。
あっ!
ブルーのハンカチ!
私は何気なく、そのハンカチを拾いました。
え!? ラベンダーの香り、、、、、
あのスーツの男の人のハンカチ?
ですが、もう、
そのスーツの男の人の姿はどこにも見当たりません。
あの男の人のハンカチとは限りません。
ですが、ラベンダーの香りでか、一旦手に取ったためなのか、
どうしよう?と迷いながらも、ハンカチをバッグに入れました。
持ち主に返そうとの思いもあったのですが、
後で考えると、ハンカチを持ち主に返すなんて、
この広い東京で出来っこありません。
私は3LDKのマンションの5階に住んでいます。
上京の時、兄が用意してくれたマンションです。
マンションは、お店から直ぐ近くで、
近くに大きな神宮があって、
そこは大都会でも大きな自然が広がっています。
私は休日にはよくその神宮に行きます。
故郷のあの森を求めてでしょうか、、、?
ですが、そこには故郷の森はありません。
それでも、休みにはよくそこに居ます。
大きな神宮です。
故郷のあの森の中にある誰も居ない、小さな神社とは全く違います。
人混みを避けて出来るだけ森の中に入って自分の
いつもの場所に行きます。
すると、思うのです。
私は、いつも何かを探しているような気がする。
そんな自分に気が付くのです。
その思いは日に日に増していくのです。
神宮の森の中だけでなく、お店で花を見ている時に、
一人で部屋に居る時に、道を歩いている時に、、、
東京のビルの向こうに、空の向こうに、
その思いが強くなっていくのです。
それが、
何なのか? どこなのか? 誰なのか? いつなのか?
大切にしたいもの! 見つけたいもの!
それが何なのか?
物?事?人?時? 分からない!
夢と幻想の森