2学期の期末試験に向けて猛勉強の毎日が続いています。
何故、そんなに勉強をするのかは自分では分かっていました。

それは、
私にとって、今やってる勉強は要求不満を晴らすためのものなのです。
以前の私には考えられないことですが、
本当に現状がそうなのですから仕方ありません。

今の勉強は、記憶することがほとんどなので、
考えなくてもよいということは、
私に取って、とても気持ちが楽になれるのです。


理系にしても公式をしっかりと覚えていれば何とかなります。
国語だって漢字を覚えていれば、そこそこの点は取れるし、
文章問題だって、文中のキーになる語句をあらかじめチェックして
おけば出題パターンは決まっています。
国語も公式みたいなものかな~って思っています。

共通点は、
その問題で何をさせようとしているのか、
それさえ分かれば解ける気がしています。
早い話が、
習った問題を、何度も何度もバカみたいに繰り返してやるだけです。

そしたら、問題の目的とかが分かって来て、早く
答えにたどり着けちゃうなって思っています。
多くの問題集や参考書なんて必要ないし、
教科書と、その補足の例題集1冊あれば十分かな。。。
ひたすら、教科書とその1冊を繰り返しやるだけです。

正直なところ、
私は頭は良くないので、同じ問題を何十回も、ひたすら繰り返して
やる事しか出来ません。

同じ問題を繰り返すのだから、だんだん早くなって来て、
最後には目で見るだけになっちゃて、書かなくてもよくなって、
だから回数もめちゃめちゃ増えてきます。


今の私には、心の欲求不満の解消には勉強が一番適しているようです。
ただ、肝心のその不満が、何から来るのかが分からないだけです。
だから心の中がいつも半端で、もやもやと。。しています。


心の奥から耐えられない程の、何かが湧き上がってくる時もあります。

なんなの? なぜ? どうしちゃったの? いつからなの?

胸が締め付けられるようで、苦しい時さえあります。
でも、その理由はいくら考えても分からないのです。


だから、
ひたすら勉強に打ち込むと、気分が紛れて気持が楽になるのです。
変な話、勉強をすればするほど、
何かを忘れられるというか、
苦しさから解放されるというか、
楽になれるというか、
とにかく、勉強中は苦しみから逃れられています。


期末試験の点数や学年の順位なんて、私には全く興味はありません。
点数が良くても悪くても、私が変わるわけでないし、
お庭のお花にも関係ないし、母が私の体を心配するだけだし、
いつもトップの学友からにらまれるだけだし、
成績が上がると、みんなから嫌われるだけだし、
そして、私のお腹の性癖にも関係ないのです。




今日の朝のことです。
いつも通り、
自転車置き場から靴置き場へ向かって校庭を歩いていると、

ドン!

後から男子が私の右肩にぶつかって走り過ぎていきました。
そのはずみで、手に持っていたカバンが地面に投げ出されました。
その男子は、あっという間に遠ざかっていき、後ろ向きのまま片手を振って、、


急いでるんだー!


そう言って、振り向きもせず、赤っぽいシューズ裏の靴で走り去っていきました。


こらーーーーーーーーあ! と、

大きな声で叫びましたが、多分聞こえてない風でした。


なんて失礼な奴だろう!

あいつ、 だれ? ぶっ殺す!


心の中でそう思ったのですが、声にはしませんでした。
イヤな奴!




朝のホームルームが始まります。

最近、私はホームルームの時間は、
窓の外のイチョウの葉が落ちていくのが気になって、
それを眺めていることが多く、それを見ている内に、
ホームルームが、いつともなく終わっていました。


今日もそうです。
2階の窓側の後ろから3番目の席は、外の景色を見るのに最適でした。
また、教壇からも目立たない居心地のいい席です。
話は耳だけで聞いていました。


担任の女の先生が何かを話しています。

皆さん!

今日から、この学校に転校してきました、、、マサキ君です。
勉強に運動に、これから仲良く、皆さんと一緒に頑張ってください。
小学生みたいな紹介です。
そして、
転校生が何か調子のいい挨拶をしている様子です。。。。。
東京から転校して来たとか言っているようです。。。。。
じゃあ、みなさん、
あと2週間程で2学期の期末試験です。
体調管理をしっかりして、試験に向けて頑張ってください。


少しして、転校生が私の隣の席にガタガタと音を立てて座った様子です。
私の隣に居た女子は2学期から転校して席が空いているのです。
その席に転校生が座るようです。


俺! マサキ! よろしくね!


あっ! 葉っぱが2枚同時に落ちた! 私は独り言を言いました。


はーーーーーーーーあ! なにそれ?


イチョウの木の1箇所から黄色に染まった葉が2枚同時に落ちるなんて
珍しい現象でした。
普通は1枚ずつなのです。
イチョウの葉は扇のような形をしていてか、落ちる時に特徴があります。
真っすぐ斜めにスーッとシャープに落下していき、
途中で広がった羽が一瞬、落下を止め、又そこから向きを変えて、
スーッと落ちていくのです。
それが、太陽の光を浴びて、
キラキラと宝石のように輝いてい見えるのです。
そんな素敵な光景があるでしょうか。。。

イチョウの葉の、この世の最後の扇の舞なのです。
だから私は、その美しい最後を見届けているのです。



あの、お前さ、、、、!
俺、今、あいさつしているの知ってる?
で、振り向きもしないって、ど~なんだろう?
普通は少しくらい何かを言うとかさ、、、、!
顔を見るとかさ、、、、、!
会釈だけでもするとかさ、、、、、!

葉っぱが落ちたって、、、それなに?
しかも窓の外を見て、、

隣で何かを言っているようですが、
私は無視して窓の外を見ていました。
転校生なんかには全く興味ありません。
勝手にしたらって思っていました。
元々、男子なんて興味はないし、転校生なんて全然関心なし。


こいつ変な女!
変な女の隣になちまったか~!
不愛想で可愛げのない奴だ!
窓の外バッカ見てて、、きっと成績も最悪なんだろうな~ こいつ!
そっか、きっと落ちこぼれか、、、、
葉っぱも落ちてるけど、お前の成績も底まで落ちてるんじゃないの?
あ~、ついてないけど、、、、まあ、いっか!
俺は心の中でそう思いました。

1時限目は国語です。
漢字の小テストが抜き打ちで実施されます。
習った教科書の範囲の中から10問出題されます。

え! たったの10問!
俺ってさ、漢字マジで得意なんだ!

お前さ! このテストで缶コーヒー1本賭けない!?
何事もさ、賭けると頑張れるじゃん! だからさ、やろう!

し~ん、、、、、私は無視しました。

、、、、、、、、うっ! 無視!

そっか! 漢字は自信ないのか~、、、、
仕方ないよな! 落ちこぼれなんだし、、、



なに? このバカ男!
テストで賭け事なんて、ば~っかじゃない!
なに考えてるの、アホウ!
それに、自信過剰のイヤな奴!
相手にしない方がよさそう、、、
初めっから相手なんてする気もないし、
顔も見たくない! うぬぼれ野郎!



2時限目は数Ⅱです。

男の先生が黒板に、分数式を書き始めています。
で、その分数式を10分間で簡単にしろと言う問題です。
いつものパターンです。

私は予習で既に何度も、似た問題を教科書で勉強しています。
あれ!この問題、教科書と全く同じじゃない。なんで?
まあいいか~。

私は、何もせず窓の外のイチョウの葉を見つめていました。
解答は頭の中にあります。

時間が過ぎていきます。。。。その時、
隣の転校生が、
私の横から何やら小声で、こそこそと話しかけて来ます。、、、

お前さ! そんなに早く諦めんのヤバクない!
分かんなくてもさ、少しは考えてみるとかさ!
そりゃ~、まあ、
この問題は、確かに難しいし、、仕方ないよ、、分かるよ、その気持ち。
でも、初めっからあきらめるなんてさ、、、
少しはチャレンジしてみるとかさ、、、、
俺って、
数学得意科目だから、、、、、俺の答え見る?
答え見せてやってもいいぞ!


無視! 無視!

やめ! 10分が過ぎて先生の声が教室に響きます。

それでは、だれかに前に出て解答を書いてもらいます。
そうだな、、、
・・・
じゃあ、私も初対面の転校生にやってもらいましょう。

何処ですか? 転校生の男子?


やべ!
俺、あたっちゃったみたい! まあいいけどさ、
ところでさ、俺の解答が合ってるかどうか、賭けない?
間違ってたら俺の負け! 缶コーヒー1本、 やろうぜ!

はーーーーーーい! 僕が、転校生です!



席を立ちながら私に向かって、
俺ってさ、この手の問題は得意中の得意、缶コーヒーいただくぜ!
勝手にしろ! バ~カ!(私はそう思って無視しました。)
転校生が、黒板に自信満々の解答を書き込んでいるようです。
音で分かります。


私は、イチョウが落ちていくのを見ていました。
隣にガタガタと音がして、
どうやら転校生が席に戻って来たようです。

バッチリやったぜ! 完璧だ!
転校生が私に向かって意気込んで声をかけます。

無視! 無視!

先生が言います。
この解答でよろしいですか?
他に解答がある人は手を挙げてください。


し~ん、、、、、、

だれも居ないようです。


だれか居ませんか? この答えでいいんですね!皆さん!
居ないようでしたら、こちらから解答していきます。

私は黒板の解答を一目見て、間違っていることに気が付きました。
ミスしやすい共通因数の勘違いです。

ど~しよう?

・・・ あのバカ、初歩的なミスをしてる、、、

・・・ 目立ちたくないし、、、

・・・ でも、、

・・・

先生! 私は手を挙げました。

その解答は間違っています!

そっか、、、、、じゃあ、前に出て答えを書いてくれ。


おい! お前! 自分の恥をさらしに出ていくのか、、、、、?
お前! なにもやってないだろ!
初めっから、あきらめてたんじゃん!

横からごちゃごちゃ言うのを無視して黒板に出ていきました。

そして、
赤のチョークで転校生の解答の上に特別大きなバツを書いてから、
私の解答を素早く書き終えました。


先生が言います、
じゃあ君! 答えの解説をしてくれ。先生がそう言いました。

少し躊躇しましたが、
教科書で予習した内容を要約して言うことにしました。

私がバツをした答えでは,分母も分子も因数分解できず,
共通因数がないので,約分はできません。

と言うことで、答えは私が書いたようになると思います。


先生が満足そうに言います。
その通りだ! この君の解答はパーフェクトだよ!
良く理解しているね!
じゃあ今日は、共通因数について勉強しよう。

私が席に戻っていくと、
転校生が机の下から両手で、音が出ない様に拍手をしていました。

すっげーーーーーーーえ!

お前! いつの間に問題を解いたんだ!
あきらめてたんじゃなにのか?
外ばっか見てたじゃん!

し~ん、、、、、、、無視!

・・・ 無視! 無視!

ウッ!
あっ! そっ! また無視、、、、、、

お前の名前は、「ムシ子」かよ!(そう心の中で俺は思いました。)



2時限目の終わりのチャイムが鳴りました。

やっべ! 急がないと! 俺! 行ってくる!

・・・ うどんを食いに!

・・・ なんで私にいちいち、そんなことまで、、、バカ!

・・・ (しばらくして、、)

・・・ 戻ってきたぜ! セーフ!

・・・ ダダダダダダ! ガタン!

はあ、はあ、はあ、やっと戻れた。
遅れるかと思ったよ。
ここのうどん、ガチでうまい、最高!
噂通りだった! 転校する前に調べてたんだ。
学食のうどんは絶対食えって書いてあったんで、
一刻も早く食いたかったんだよ!
さすが、うまかった~!
天かす、ただだから、山盛りに入れてさ、超特急で食べて来た。
食べる所要時間4.5~4.7分。俺の早食いプロ級だと思わない!
やっぱ田舎の高校っていいよな~、、、なんだか伸び伸びしててさ!
今度、一緒に食べに行かない? うどん!

ば~か、、し~ん、、、、、、、無視!

・・・ こいつ、バカの3乗だわ。(バカ × あほう × 脳なし)

、、、、、、、、うっ! 無視!

あっそっ! またもや無視か!

・・・ やっぱ、ムシ子だな

このバカ、なんでいちいち私に、うどんの報告なんてすんのよ!
勝手に食ってろ! バカの3乗!
無視するしかないし、
絶対に目を合わせないわ! 話もしたくない!
それにしても、こんな変な奴、地球上にいるんだ!
こんな転校生見たことないわ!

3時限目は日本史です。

俺ってさ、日本史大好きなんだよな~!
特に戦国時代ってさ、世の中が激変していくじゃん。
どうしても想像しちゃうんだよな~あ。。。。

戦国武将の気持ちとか、庶民の生活とか、習慣や文化や
一体どんな生活をしていたんだろうってさ。。。
戦国武将もそうなんだけどさ、政略結婚していった
女の気持ちとかさ、、どうだったんだろうって?

俺はさ、戦国時代のお偉いさんには、勿論、興味あるよ、
だけどさ、争いで領主が次々に変わっていく領民なんかがさ、
どんな生活してたんだろうって、、、、
その気持ちなんかが知りたいな~って思っててさ、、、、

こいつ、一体、なにを言ってるの?
なんでそんなことを私に話さないといけないのよ!
今は授業中だぞーーーーー! バ~カ!


無視! 無視! 継続的無視!


教壇で先生が黒板に何かを書いています。


「さらぬだに 打ちぬる程も 夏の夜に 別れを誘う ほととぎすかな」


書き終わると、その文章を指して、
みなさん!これが何か分かりますか?
これは、覚える必要はない事がらかもしれませんが、
歴史に深く関心が持てるようになる事柄かもしれません。

教室が、し~んと静まりました。

お前さ!俺にはあんなの全然分かんないけど、
いくらお前だってさ、、、分かるはずないよな。。。
だから、分かんない方に缶コーヒー1本かけるからさ。。。ウッフッフフ!



あ~っ! こいつ、私のこと、バカにしてる。
ひょっとして私を、試してるのかもしれないわ。。。
バカにバカにされるって超最悪。。。。。。くそ~お!

私はいつもだったら、分からない振りをしているところです。
何故なら、知ったか振りで、お利巧さんになると、
みんなに嫌われちゃうからです。
ですが、その時は私の横に座っている、アホウに挑発されて、
つい手を挙げてしまいました。


ハイ!

1583年「賤ヶ岳の戦い」で勝家が秀吉に破れた後、
勝家と信長の妹のお市が夫婦で自害した時の、

お市の辞世の句です。


教室が一瞬、静まりました。し~ん、、、
そして、直ぐに、ざわめき始めました。

イヤな予感!


じゃあ、この辞世の句の意味を知っていますか?
分かる範囲で説明してください。

ど~しよう、、、、、、?


教室が変な空気だな~、、、、、、

かなり躊躇しましたが、
横のバカにバカにされたくない気持ちもあってか、
ここまで来て答えないわけにいかなくてか、
仕方なく答えました。。少し小さめの声で、、、、


こ、この辞世の句の意味は、

・・・意味は、、、


ただでさえ、そろそろ眠る頃なのに、ホトトギスまでもがこの夏の世に別れを誘っている。。。。

あの~

・・・

私が思うには、きっと、、、、、、

きっと、なんだね? 先生が尋ねます。

お市は勝家と一緒にもっと生きたかったと、、、、私にはそう思えてなりません。
お市と勝家は短い間だったかもしれませんが、、、、でも、、、
、、、、いえ、何でもありません。。。。

先生が言います。
そうか、、、、
君は勝家の返しの辞世の句や歌人の句も知っているんだね?

私は、ゆっくり首を縦に振りました。

そうか。。。
わかった! もう座っていいよ。

しまった~あ! やってしまった! 私としたことが、、、
このバカのせいで、みんなの前で知ったか振りをしてしまった!
このバカ、許せない! ぶん殴る! 心でそう思いました。

でも一方で、私は先生に感謝しました。
私に、勝家の返しの辞世の句を言わせなかったこと。
歌人の句を言わせなかったことにです。

先生は、あの時、周囲の空気と私の思いを読んで、
あえてそうしてくれたのです。
私にはそれが分かりました。


その日は、1日中、ゆうつうというか、
気分がすぐれないというか、すっきりしない1日でした。
勿論、あのバカのせいです。


1日の授業が終わって、あ~、、、やっと帰れると思って、
靴置き場で履き替えていると、出口の少し向こうを赤い靴の裏の男子が
脳天気に歩いているのが見えました。

あ! 今朝の! あいつだ!

あの赤い靴の裏、あいつに間違いない!

どこのクラスの男子だろう、、、?


よし! 今朝の仕返しだ!
仕返しは早い方がいいってことわざがあるし! 無いか~?
あいつのためにも、早急な仕返しが、ためになるわ、、、多分?
やろう! 決断=実行 うん!


私はカバンの握りをしっかりと掴んで、その男子の後ろに走っていきました。


タッ! タッ! タッ! タッ! タッ! タッ! タッ! タッ!

その男子の左後ろに全速で走りながら、
同時にカバンを右手で大きく後ろに引いて、
お尻をめがけて、え~い、、、


仕返しだーーーーーあ!

バン!

ぎゃーーーーーーーーーーーあ!

いてーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーえ!


そんな声がしましたが、後は振り向かず必死で走って
自転車置き場へ向けてまっしぐらです。

あああ、、、私の自転車、、、、
あそこだ! よし!
自転車の荷台にカバンを放り込んで、
校門に向けて自転車を走らせました。
サドルには座らず、前のめりで立ったままで必死でペダルをこぎました。
逃げるが勝ちです!


よし! もう少しで校門だわ!
とにかく、ここは早く逃げないと、、、、
必死で自転車をこぎます。
かなり慌てているのが自分で分かりました。
校門の出口です。 やったー!
これで逃げれる! 急げ~


と、その時です。


ああああああああああああああああああああああああああああ!


一人の男子が両手を横に広げて、校門を出た処で通せんぼしています。
嘘!
あ~ あぶない!
ぶつかる! キュウーーーーーーーウ!
急ブレーキで自転車を止めましたが、もう少しでぶつかるところでした。
仕方なく自転車から降りて、自転車を押して前に進もうとしました。
ヤバイ! ヤバイ!


私が自転車のハンドルを握って、右へ行こうとすると、
両手を大きく広げたまま右を通せんぼしてきます。
左へ行こうとすると、もっと大きく手を広げて、左を通せんぼするのです。
又、右に行くと右に、左に行こうとすると左に移動して、
私を邪魔するのです。

下校する男子や女子が見守る中、それが何度も繰り返されます。
息が乱れます。
心臓がドキドキして、冬なのに汗が出て来ました。
も~う、、、、
しつっこい奴だ!
なんで邪魔すんのよ! そう思って、
今度はぶつかるのを覚悟で、真ん中に突進していきました。


えーーーーーーーーーーーーーーーーい!

ガチッ!


え?

・・・ ギュ―!

動かない! 私の自転車が、、、


その男子の両手が、自転車のハンドルを前方からしっかりと掴んでいます。
私はいっぱいの力で自転車を、押したり引いたり揺らしたりしましたが、
自転車は固定されて動きません。

・・・ギュ―! も~お! しつっこい奴!
私は、帰るのっ!
帰るんだからっ!

・・・ギュ―!
帰すもんか! 逃がさないぞ!


自転車のハンドルを挟んで、二人は同時に顔を見合わせました。
その時、
初めて、その男子の顔を真近で、じっくりと見ました。
相手も、まじまじと私の顔を見ました。

・・・ ?

・・・ !

・・・ 次の瞬間、

2人は同時に声を出して叫びました。


あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!


ムシ子! 缶コーヒー!

は~~あ? え~~え?

ムシ子って? (ひょっとして私の事?)

缶コーヒーって? (ひょっとして俺の事?)

缶コーヒーが言います。
俺のこと、今、「缶コーヒー」って言ったよな!

私のこと、今、「ムシ子」って! なによそれ!

一瞬、目と目の間に稲光が走り、にらめっこが続きました。

おい! ムシ子!
なに! 缶コーヒー!

可愛くねえ女!
うぬぼれバカ男!

・・・・・・

・・・ なあ!
・・・ うん!

ここ正門だろ、ヤバクない?
キョロキョロ、、、2人が周囲を見渡すと、
何人もの男氏や女子が二人を囲んで、こそこそと何かを話しているようです。
絶体にヤバイと思わない、、、?
それも、かなり!
・・・
、、、う! まあ、、、!

ここじゃあ、目立ち過ぎじゃん。

とにかく、こっちへ来いよ!
行かない!
とにかく来いってば!


そう言われて、私は仕方なく校門から外れた道を
自転車を押して歩き始めました。でも、
逃げるチャンスをうかがって体制を整えていました。

缶コーヒーの手がしっかりとハンドルを握っています。
このバカ、私を読んでる。くそ~ 逃げられない。。。


お前さ! さっきの、なに?
さっきのって、、、、?
知らんぷりして、私は空を見ました。


は~~~~あ?
お前ってさ、
あんなことして、よくも知らんぷり出来るよな!
それも逃げるなんてさ!

俺って頭いいけどさ!
さっきのは全然理解できねえぇ~ あれは、なんだ?
なんで俺の尻、カバンなんかで、ぶん殴るんだよ!?

・・・ 無視! 無視!

おい!
しらばっくれるのもいいかげんにしろー!
お前がやったって分かってんだからな!
ず~っと追いかけて見てたんだ!
あんなことして逃げるなんて、ひどいじゃんか?


俺! なにかお前に悪い事したかよ?
あんなことする理由を言ってみろ!
すっげ~痛かったんだぞ!
それに不意打ちくらってさ、
ビックリして心臓が止まって死ぬとこだったんだからな!
理由がないなら謝れ! 戦国時代なら切腹だ!


・・切腹?


あんた、バカじゃないの?
私は女よ!
女が切腹するわけないでしょう!
あるさ!
お前、今日の授業で言ってたじゃん。。。
お市の辞世の句。お市は切腹したじゃん!
勝家と一緒に腹を切ったんだろう?

・・・ え!
・・・
・・・

その時一瞬、私の頭の中で何かが生れ、
それが、湧き出すように広がっていきました。

お市が切腹した。。。。。?

お市が切腹!

まさか!

それまで思ってもいなかったことです。

でも、

お市は、柴田勝家が秀吉と対立し、いくさに敗れた時、
夫・勝家と共に越前北の庄城内で自害したんだ。
それが今日の日本史の授業で出てきた辞世の句だわ。

自害。。。。。?

・・・

確かに、缶コーヒーの言う通りかもしれない、、、
お市についても、
自害と言うのは、切腹を意味しているのかもしれない?

でも、女のお市が切腹なんて、、、、そんなの、、ありえないわ。
ただ、
時代は戦国時代だ!
勇敢な武将、柴田勝家の妻として、
腹を切ることは考えられないこともない。
女だから切腹しないと、私は決めつけている。
私のそんな考えは軽率過ぎるかもしれない。


お市か~、、、、、
お市については確か、
お市は戦国一の美女とまで語りつがれている。
当時のお市は37歳の時点でも、
22、23歳に見えるほど透き通った女性だったと記録に残っているわ。
更に、彼女は八頭身美人だった説もある。
勝家はそんな美しい妻を心から愛したに違いない、、、、。

だとしたら、
勝家は、お市をどんな風に死なせたんだろう?
勝家が、お市に手をかけ、果てるのを見送ってから、
その後を追って勝家が切腹する。
使用するのは勿論、短刀だわ!
だとしたら、
勝家は、お市の体のどの部分を短刀で、どのようにしたのだろう?
首を刺す? 胸を刺す? 腹を切る?

・・・ ?
・・・

首や胸はきっと血が噴き出して返り血も浴びる。
返り血はいいとしても、首なんか刺すと
顔が血だらけで、めちゃめちゃになっちゃう。
美しいお市の顔が血で染まり汚れてしまう。
心臓だってそうなる可能背が高いかも、、、、
勝家は美しいままのお市と、この世の最後の別れをしたかったはずだわ。。。
きっとそうだ!
校庭の、あの散りゆくイチョウの葉のように、
美しく輝く、お市の顔を見ながら別れたかったはずだわ。


だったら、残るのは、お腹!

切腹!

女の切腹。

・・・ そうか~

ひょっとして、戦国時代には女の切腹は、あったかもしれない。


と言うことは、お市は切腹した可能性が高いかも。。。。

切腹なら上半身は比較的汚れずに済むし!
キレイな顔のままで、勝家とこの世の別れをすることが出来るわ!

勝家は、切腹で果てていく、キレイな姿のお市を見送ったのかもしれない?
戦国時代と言っても、お市は女性だわ、
自分のお腹を切るなんて無理かもしれない?
だとすると、
お市の腹は勝家が切たのかもしれない?
そうじゃないとしても、勝家が手助けしたかもしれない?


それと、切腹と言えば首をはねるのが付きものだわ。
勝家は、お市の首をはねたのだろうか?
私が勝家なら絶対にそんなことはしない。
まして、お市は武将ではないし、
首を取って勝利するのは武将だけの習わしだわ。
この場合には当てはまらないし、
勝家は、お市を心から愛していた。
愛する、お市の首をはねるなんてあり得ないわ!

キレイなお市を見届けたいなら、
絶体にそんなことはしない! あり得ない!
それに、勝家は自分の首は、はねれないわけだから、
お市の首だけをはねるなんて不自然だ。


2人は切腹した。
だけど、首ははねていない!


でも、
切腹でお腹を切っただけでは、
死ぬまでに、かなりの時間がかかると何かに書いてたわ。
勝家は、お市が果てていくのを、
そんなに長い間、見つめていたのだろうか?

人間がお腹を切ったらどうなるのだろう?
きっと、
どんな人間でも激痛のあまり、もがき苦むはずだわ!
でも、少しくらいお腹を切っただけでは、なかなか死ねないとすると、
その時、勝家はどうしたんだろう?
少しでも早く、お市を楽にしてやろうとしたはずだわ。


・・・ どうしたんだろう?
・・・ 分からない?
・・・ ?
・・・ お市のためにしてやれることは?
・・・ ?
お市の腹を大きく切ってやれば早く楽にしてやれる!
腹を大きく切ってやることが、勝家に出来る、
この世での、お市に対する最後の愛情なんて、、、、そんな~
そんなの、あまりにもむごすぎる、、、、、、
大きく切ると腹部から大量の内臓が流れ出す。

例え、お市の顔が汚れなくても、
勝家は、お市の内臓を目にして逝ったのだろうか?
勝家は、その時どんな思いで、お市の腹を切ったのだろう?
果てていったお市を目前にして、
涙に濡れて、勝家は後を追って切腹した。


なんてことなの!
そんなの、むごすぎるわ。
あまりにも悲しすぎるじゃない!

・・・ でも

・・・?

待てよ! 何かが、、、、、変だわ!

なんだろう?

・・・?

違う!

違うわ!


そうだ!
愛し合っているなら一緒に逝きたいはずだ!
そうよ!
見送るなんてしない! 後から追いかけるなんてしない!
使用するのは短刀に間違いないわけだから、、、、、え~っと、、

・・・ ?

・・・ 考えるのよ! 私なりに、、、

・・・ ?

あっ!
お互いに向き合って、抱き合って差し違える方法がある。
2人が互いに硬く抱きしめ合ってさえいれば、
痛みや苦しみなんて感じないかもしれないわ!
少なくても半減できちゃうかも、、、
それに、同じ痛みと苦しみを2人で一緒に感じられる。
2人の血やお腹の中の物までもが混じわって一体になれちゃう。
そして、
最後の最後まで、愛する人と一緒にこの世での別れを、
長い時間をかけて過ごすことが出来る。
抱き合っていれば内臓なんて見ないで済むわ。

・・・ ?

・・・ ?

その時、2人はどんな気持ちだったのだろう?

この世の別れというのが気になるわ?

・・・ ?

・・・ 気になる、、

・・・ なんでだろう?

・・・ あっ!

この世の別れじゃない!
別れなんかじゃない!
愛する2人が別れようなんて思うはずがない!
例え、死んでも一緒に居ようと思うに決まってるわ。
永遠にあの世で2人は一緒に居ようとする!

そうだ、
勝家の辞世の句は~、、、、、確か、、、
「夏の夜の 夢路はかなき 跡の名を 雲井にあげよ ほととぎす」だった。

意味としては、
夏の夜の夢のようにはかなかった人生、夢の途中だったけど、いい人生だった!
ホトトギスよ!俺たちが生きた証を轟かせてくれ!

いい人生だった! 俺たちが生きた証!

いい人生、、、、お市とだ!
俺たち、、、、、お市とだ!

勝家の心には、いつもお市が一緒に居た。この世でも、
あの世でもそうしたかった!
だから、2人は一緒にあの世へ行ったんだわ。
きっと同時に逝ったんだわ!


あ~ なんて悲しい最後なんだろう!
でも、なんて美しい最後なんだろう!

私の想像では、
2人は固く抱き合って刺し違えた。
切腹だけだから果てるまでに時間がかかるけど、
時間をかけて、2人一緒に痛さと苦しみを分かち合って逝った。
それでも勝家は、お市を早く楽にしてやろうとして、お市のお腹を
大きく切ってやり、お市が果てるタイミングに合わせ、
自分の腹も大きく切って、2人は同時に果てていった。
ぴったりと重なり抱き合って身も心も1つになって、
涙に濡れながら、互いの顔を見つめながら、、、
美しく輝くお市の顔が、勝家の優しい顔を見つめている。。。
勝家は、お市に向かって一言だけ声をかける。

「ず~っと一緒だ!」

その言葉に、お市は勝家に、その美し顔で微笑んだ。
勝家も、お市に優しく微笑み返した。
そして2人は同時にあの世に一緒に旅立っっていったんだわ。
私はそう信じよう!

あのイチョウの葉が2枚同時に落ちて行ったように、
勝家とお市は2人一緒にキレイに輝きながら最後を遂げたんだわ!

勝家! お市! 私に教えて!
あなたたちは、実際にはどのような最期を遂げたの!


戦国時代か~あ、、、、、、、、、、、!
涙が出ちゃうけど、でも、ロマンチック過ぎだわ!
勝家とお市は、今でもあの世で一緒に居る。
あの空の何処かで、2人は今も強く愛し合ってる!
あ~、、、、、、、、、、


もし、もし!

もし、も~し! ムシ子さ~ん!

おい! ムシ子! 一体どうしたって言うんだよ!

ぼけ~っと空見てんじゃね~よ!

・・・ お市、、、、、勝家、、、
あ~ 素敵だわ、、、、、、

オイ!
こらーーーーあ!

えっ! 缶コーヒー! あんた、まだ居たの?

どうしたんだよ?
さっきから、ず~っと腹に手を当てて!
痛いのか? 腹!

ドキ!

私は、少し慌てて直ぐにお腹の手を放しました。

お前! 聞いてるのか?
だからさ!
理由がないなら謝れって言ってんだよ!
なんで俺の尻をカバンでぶん殴ったんだって、聞いてんだ!
理由を聞かせろ!

え! カバン? 尻をぶん殴った?
だれが?

あのな!
お前がさっき、俺の尻をカバンで思いっきり殴って逃げたじゃん!
なんでだって、その理由を聞いてんの!

理由を聞かせろって言ってんだよ!

あ~ あれ!

あれは、カバンのカタキ討ちみたいだよ。

はーーーーーーーーーーーあ!
カバンのカタキ討ちーーーーーーーーーい!
なに、それ?

分かり易く言っちゃうと、
缶コーヒーの将来のためを思って、私がカバンに代わって、
仕返しをしたの!

仕返しーーーーーーー?

ストッーーーーーープ!
それ、
全然分かり易くね~じゃん!
なんで俺が仕返しされるんだよ!
ど~言うことなんだよ!

あ~ 勝家は、お市を愛していたんだわ~ 素敵、、、、!

おい!
お前の説明、全然見えねえ!
俺の尻と、お市とカバンと勝家の関係が俺には分かんねえ~!
一体、何なんだよ! 説明しろ!



も~ うるさい奴だね~
せっかく私が戦国時代のロマンスに慕っているっていうのに、、、もう~

だから~、缶コーヒーが今日朝、校庭で私にぶつかって、
その時、カバンが地面にぶっ飛んで汚れたし、傷も付いちゃったし、
私も肩や腕がめちゃ痛かったし!

だから、その仕返しをしたの! さっき、校庭で!
元々は缶コーヒーの方が悪いんだからね!
今日の問題は、今日中にかたずけろって、ことわざあるでしょう!(あったけ?)
だから、カバンで仕返ししたの、分かったー!
それが理由。

でもさ、なんでカバンなんだよ?
鈍い奴だね~、、、
缶コーヒーが今痛かった分と、私が今朝痛かった分はプラスマイナスでゼロ。
でも私のカバンは傷付いたままでしょう。
そんなのって可愛そうだと思わない?
だから、
私がカバンの仕返しの手助けをしてあげたんじゃない!

・・・ ??

・・・ ?

・・・

そっか!

・・・

あの時の女の子はお前だったのか、、、、

・・・

悪い! 俺が、悪かったよ!  ゴメンな!

・・・ えっ! (缶コーヒーが謝った! 意外とすなおじゃん、、、)


・・・


あ、あの、、私も、、ゴメンなさい! 本当にひどいことしちゃって、、、

・・・ は~あ! (ムシ子が謝った! めちゃ可愛いじゃん、、、)

ムシ子が俺を見て言いました。
ね~ 早くしてよ!

は~? するって、なにを?
お前、手を出して今度は何しろってんだ?
その手、なに?

ムシ子の手が俺の横の自販機を指さしています。

・・・ ?

お前! まさか、今日の授業中の俺との賭けを、、、、、

数Ⅱと日本史の授業で私が賭けに勝ったじゃん2本、、、
さっき言ったでしょう、
今日の問題は今日中にかたずけろって、ことわざ。
何度も同じこと言わせないで。

早くして、、、

信じられねえ女だ!
ちゃっかりしてんの、、、、、
まあ、賭けは賭けだからな、負けたんだから仕方ないか!


私はミルクティーでいいから。。。。。
はい、はい、ミルクティーね!
じゃあ俺は、普通のコーヒーにするか~

ガチャガチャ!

俺はベンダーから温かいミルクティーとコーヒーを
取り出して、1本をムシ子に渡しました。

そら、おまえの分だろ! ミルクティー

すると、
それを受け取ったムシ子は、ミルクティーの缶を大事そうに両手で
包み込んで、一瞬にっこりと微笑みました。
俺がじ~っと顔を見ていることに気が付くと、
直ぐにどこか、ほかの処に目を反らして微笑むのを止めました。

俺は缶コーヒーを開けてゴクゴクと飲みました。
うっめーーーーーえ!


お前も飲めよ!

私は家に持って帰るわ!

は~あ! なんで?
せっかく俺が買ってやったのにさ!

缶コーヒー君! 君は何かを勘違いをしていませんか?
このミルクティーは私の物ですよ。
そして、今あなたが飲んでるコーヒーは
私からあなたへの、おごりの分です!
私にお礼まで言わなくていいから、、、


ジャネ! 缶コーヒー君!

ムシ子はミルクティーの缶をカバンに、ゆっくりと大切そうに入れると、
直ぐに自転車に乗ってイチョウ並木を走り出しました。

おーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!
ムシ子―――――――――――――――――――――お!


こんなのって、俺が、バカみたいじゃんかーーーーーーーーーーあ!

ムシ子の背中に向かって、大きな声で叫びました。

ムシ子が、自転車で首を大きくしっかり縦に振ってるのが見えました。

あの野郎! 俺をとことんバカにしてやがる!


くそーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーお!


でも、

ミルクティーを受け取った時のムシ子の、あの微笑み、

俺的には、、、、 か、 可愛かった、、

でも、
あの時、ムシ子はどこを見てたんだろう?
何か1人で考え事をしていたようだったけど、、、
そう思って、その見てた空の方向を見上げると、
上から、1枚のイチョウの葉が舞い落ちて来ました。

何気なく手を伸ばして掴んでしまいました。

手を開いて見てみると、1枚の葉っぱかと思っていたのが、
実際は、ぴったりと重なってる2枚のイチョウの葉でした。

なんだ、2枚あるじゃん!

 

それにしても、

あいつ! 変な奴!

夢と幻想の森