(前回ストーリー)森での出来事 転校生(7)我が家

俺は、お市の方様の護衛役です。
命を掛けてお守りすると誓いました。やります。

・・・

俺は、食事の後でお市の方様に話をしました。
約束事というか、ルールのような事柄です。

① 出来るだけ喋らないこと。
② 野々村美沙として行動すること。
③ 俺をみんなの前で家来扱いにしないこと。 以上

いよいよ学校に向けて出発です。
一体、ど~なるのか俺に想像もつきません。
なにが俺たち2人を待っているのでしょう?
ただ俺はお方様を命を掛けてお守りするのみ。

俺は野々村美沙(お市の方様)を自転車の後ろに乗せて
学校へ向けてペダルを踏んで行きました。


—————————–(前回 ↑ )———————–

お方様は自転車の後ろから俺の体に腕を巻き付けて
しっかりと掴まっています。

ムシ子の家を出て、10分ほどして、学校まであと5分の所で、
俺は一旦、自転車を止めました。

そして、お方様に言いました。

これより先は、お方様が自ら向こうに見える白い建物、
俺たちの高校まで行ってくれるようにお願いしました。

2人は別々の行動をしないと不自然だし、目立ち過ぎると話しました。
また、表面上は、お方様の事をお市様扱いにぜず、
同等の立場として接することを許してほしいとの旨を説明しました。

又、お方様はムシ子の記憶をその都度呼び起こし、
野々村美沙として行動してくださるように話しました。

俺はお方様の事をムシ子と呼び、お方様はご自身を
わらわではなく、私と呼ぶようにお願いしました。
今朝、食事時に言っていたようにです。

又、3つの約束事を守って下さるよう念を押したのです。
最後に、
俺は、お方様の事を絶対にお守りすることを約束しました。

お方様は、じ~っと静かに俺の話を聞いていましたが、
やはり表情の中に不安の色が見て取れました。

お市様!
この缶コーヒー、いつもお方様を陰ながら見守っております。
どうか、ご安心くだされ。


よくわかった。
私は、野々村美沙じゃ! 承知した!

もう行くがよい。

はっ! では御免!

・・・

おいおいおい、、、、、これから一体ど~なるってんだよ?
お方様には、あんな風に言っちゃったけどさ、正直、
これからど~なるのか想像もつかね~、、、

だが、俺がべったりくっ付いてるわけにもいかねしな~
ぶっつけ本番でやるしかね~じゃん。

ただ、どんな時も、俺はお方様を守る使命がある。
それだけは忘れてはだめだ。

それに、
お方様は、頭の切れるお方だ!
きっと上手く立ち回って下さると信じよう。
お方様の中にはムシ子だっている。
お方様はムシ子なんだ!
ムシ子! 頼んだぞ! よし!


————————————-

缶コーヒーの申したように、自転車という乗りものを押して
白い箱のような建物の正面門まで来ました。

周囲を見ると多くの女どもが、いとも容易く自転車に乗っています。
そ~か、、、
缶コーヒーが申しておった、このペダルと言う部分を
踏めば前に進むのじゃな。
よし、試しに乗ってみよう。。。

わらわは、ハンドルと申す棒を両手で握りしめて、
馬に乗る要領で片脚を高らかに開き、
ハイッ!と声を上げ、
サッ!と自転車に股がりました。
そして、皆の様にペダルを踏み、自転車を前に進めようとしました。

う?

なに?

あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーあっ!

あ、あ~ あ、、、あ、、、、こ、これは、、、
ど~なってるのじゃ?
ああああああああああああああああああああああ、、、、、

地が目に近づいてくるぞ~

ガッシャン! ドン!

ぐちゅ

うッ! く、くーーーーーーーーーーーうっ!

痛いーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!

・・・

なんじゃ、、 この乗り物は~ 、、、、、、

う~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~う~

・・・

あまりの痛さで目に閃光が走りました。。。

意識がもうろうとしています。。。。。 ぼ~

・・・

うッ! く、くーーーーーーーーーーーうっ!

痛いーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!

またしても腹か~。。。!
腹が、、、はらわたが、、、、
はらわたに何かが食い込んでいる。くっ~~う
痛い~~~~ィ、、、苦しいぞ。。。
缶コーヒー、わらわの、はらわたを揉むのじゃ、、、早う~

はらわたを掴むのじゃ、、、
そ~であった、缶コーヒーは傍に居ないのじゃった。

・・・

う~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~う~

・・・

強烈な痛みが、はらわたの奥から突き上げて来てきます。
何故にいつも、はらわたなんじゃ。。。
はらわたが破れそうに痛い。。。う~ くっ、くっ、く~~~

こんな時に缶コーヒーが傍にいてくれれば、、、、
直ぐに、はらわたを揉んでもらえるのじゃが、、、

それにしても、なんという乗り物なんじゃ、、、
馬より難しいではないか!

・・・

うつ伏せ状態で、棒がはらわたに食い込んでいます。
腹が、、はらわたが痛い、、、、
体をずらして、何とか仰向けに地面に横になると、
まぶしい日の光が、わらわを照らしています。
はらわたが、よじれて引きつっている。。。く、く~う~、、、
空が回っているのか。。。。。。?

キラキラキラ、、、、、
一瞬、頭の中で光がはじけ、
意識が何処かへ飛んで行くような気がしました。
片手を腹に当て、
もう一方の手を目にかざし、まぶしい光を遮りました。
まぶしい光じゃの~

・・・

それにしても、やっかいな乗り物じゃ、、、
この時代には馬はないのか?

・・・

・・・

と、その時です。

美沙ちゃん!
そんなところに寝っころがって、なにしてんの?

・・・

わらわの真上から、娘の声が聞こえました。

・・・ 何?

・・・ こやつ、誰じゃ?

・・・ ?

・・・ ?

・・・ 誰じゃ?

・・・ ?

・・・ ?

こやつは、、、、、、、?

・・・ ?

・・・ ?

・・・ う~む。。。?

・・・ ?

・・・ たしか?

美沙ちゃんと、わらわに呼び掛けている。
美沙ちゃん? 誰のことじゃ?
わらわのことか、私のことか?
わらをを呼んでいるのか。。。。。?
そ~であった、わらわは野々村美沙じゃ!

・・・

わらわは美沙!
美沙ちゃんというのは、わらわのことか。。。

・・・

自転車を起こして立ち上がりました。
泥だらけ。

・・・

おはよ~ 美沙ちゃん!

ど~しちゃったの?
自転車で遊んでんの~?
それに、
いつもの髪形と違ってるじゃん。
後ろにまとめちゃって、、、、
もうツインテール止めちゃったの?

・・・ ?

・・・ は~?

・・・ ツインテール?

一体この娘は、何を申しておるのじゃ、、、?
わけのわからんことを申す奴、、、
この娘は。。。。だれじゃ?

・・・ ふ~む?

・・・ ?

わらわは、娘の顔をじ~っと見つめました。
整った顔じゃ。
敵なのか、味方なのか、どちらじゃ?
幼い顔をして、目がキラキラと輝いておる。
こやつは、、、一体?

・・・ ?

美沙と縁のある者か、、、、、?
わらわを見つめる親しそうなその面、、、
一体何者なんじゃろ?

・・・ ?

思い出すのじゃ、、、、、
わらわは、この娘を知っているような気もする。
え~っと、、
そ~言えば幼い時からず~っと知っているように思える、、、

・・・

真っ白になった意識の中から、
もう一人の美沙の記憶が少しづつ蘇ってきます。

・・・

、、、、、、、、、あっ! こやつは、、、
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

この娘は、、、、

・・・ そ~か、わらわと親しい者じゃ

この娘は確か、山口美香。
そして、わらわの幼い頃からの唯一心を許す友じゃ。

・・・

・・・ 娘がわらわの顔を見つめています。。。

・・・

・・・

・・・ 頭の奥から微かな光と伴に徐々に、
ある記憶が浮かんで来ます。。。

なんと、
ムシ子殿の記憶とは別に、もう一人の別人の記憶が
どんどん沸き上がって来るのです。
そして、
ムシ子殿の記憶の中に、この娘はいない。
この娘は全く別の記憶の中に有る。

おかしげなことが、
わらわの体の中で起こっているようじゃ、、、
真に信じられぬ。

何がど~なっているのじゃ。。。。。?
もどかしい記憶が絡み合って、全く理解できぬ。
頭が困惑して、割れそうに痛む。。。!
あ~ はらわたも痛むわ。。。
驚くことに、わらわの頭の中には、
わらわ以外に2人の記憶があることに
少しづつ気が付き始めました。

・・・

美沙ちゃん? ど~しちゃったの?

・・・

・・・ あ~ 頭が、、、くらくらする。。。。。
頭の中が混乱している。。。

・・・

・・・ ムシ子殿の名前は野々村美沙じゃ、、、、
じゃが、
ムシ子殿ではない別の野々村美沙が体の中に居る!
しかも、
ムシ子殿の体の時と違った肉体のように感じる。
このもどかしい感覚は一体なんじゃろ?
缶コーヒー、わらわは一体ど~すればよいのじゃ。。。

・・・

・・・

娘が言います。
どこか気分でも悪いの? ねえ美沙ちゃん!

・・・ あ~ 娘が迫ってくる~

・・・ なんとかせねば、、、
・・・ じゃが、ど~すればよいのじゃ、、、

・・・ 必死でもう一人の美沙の記憶を辿ります。

・・・

・・・ あ~ もう一人の美沙が蘇ってくる、、、、

一体、わらわはど~なっていくのだろう。。。?
わらわは柴田勝家の妻、お市じゃ!
じゃが、この体の中にムシ子殿と、もう一人の野々村美沙が居る。。。
一つの体に3人の人間が住み着いているというのか。。。?
そんな馬鹿な!

じゃが、
信じられぬことが、今わらわの体の中で起こっている。
自転車と申す乗り物で、はらわたに大きな衝撃を受けて、
とんでもないことが、この時代で、わらわに起こっているようじゃ。
缶コーヒー、一体、わらわは、ど~したらよいのじゃ?

・・・

ねえ美沙ちゃん! なんとか言いなよ!
なんだか様子が変だよ!

・・・

・・・

ねえ、大丈夫? 顔色、めちゃ悪いよ!

・・・

又、朝ご飯を食べ過ぎちゃったんでしょう?
3杯食べちゃったでしょう?
お父さんの卵焼き、取っちゃったんでしょう。。。?

・・・ ドキ!

何故に、この娘はそんなことまで知っているのじゃ?

・・・ ?

・・・ そ~か

・・・ 分かったぞ。そ~なのか。。。。
ムシ子殿も、もう一人の美沙も善については
共通しているのじゃ。。。。
つまり大食いなのじゃな!

・・・ 体は同じなのじゃから無理もない。。。

・・・

・・・

・・・ 大食いは、わらわも同じじゃ。。。人には言えぬ程に、

・・・

・・・ 奇妙な納得により、少しづつ気持ちが落ち着いていきます。

・・・

・・・ もう一人の野々村美沙!

・・・ わらわは、その美沙の記憶を懸命に追いました。

・・・ 落ち着くのじゃ、、、

じ~っと考えます。
すると、頭の奥から、
もう一人の美沙の記憶が徐々に沸き上がってきます。
よし! やってみよう。
わらわは、精一杯に自然を繕って、娘に言いました。

・・・

美香ちゃん! おはよ~
今日は、たまたまこの髪形なの!
(この話し方で良いのか。。。?)

・・・

ふ~ん、、、、?(娘)

・・・ そ~(娘)

・・・
娘が、わらわの顔を覗き込むように見つめています。ジロ~
澄み切った美しい瞳には、
底知れぬ洞察力が秘められているようじゃ。
既に何かを感じ取ったに違いあるまい。

見破られたのか。。。。。?

・・・

ところでさ、もうすぐ文化祭じゃん!
私たちも、空手を披露する準備を頑張らなくっちゃね!
今日の練習も頑張ろうね!

・・・ は~?

・・・ 何じゃ? さっぱり

文化祭? 空手? 練習?
一体、こやつは、何を申しておるのじゃ?
なんのことか分からぬ?

・・・ ?

・・・ 文化祭?

はて、文化祭とは何か、、、、ふ~む、、、?

・・・ 待てよ。。。。。。

文化祭と言えば、、、、記憶によれば、、、確か、、、、

・・・

そ~だ、
祭りごとのことかもしれぬ。

・・・

ムシ子殿の記憶をたどって行きます。

・・・

・・・

あっ! 変だ!
文化祭はもう済んだはず。。。?

・・・

・・・ ムシ子殿が缶コーヒーと出会ったのは文化祭の後じゃ!
しかるに、今が文化祭の前だとするなら、
缶コーヒーはど~なる?
缶コーヒーとムシ子殿の出会いは、未だないことになるぞ!

・・・

ムシ子殿の記憶が浮かんで来ます。
あっ! 思い出した。
あの日、体育の時間に、文化祭の使用後の看板が風にあおられ
飛んで来た時、缶コーヒーが捨て身でムシ子殿を助けたのじゃ。
ムシ子殿と缶コーヒーの出会いは間違いなく文化祭の後じゃ。なのに
今、文化祭はまだ終わっていないと、この娘は申しておる。

なぜじゃ?
ど~なっているのじゃ?

・・・

・・・

もし、それが真なら。。。。

・・・ ?

・・・

あっ!
缶コーヒーは、今ここに居ないことになる。
やつは文化祭の後に転校して来たのじゃ。
缶コーヒー、そなたは今この世に居ないのか?

まさか、
バカを申せ、そんなはずはない。
先程まで、そちは わらわと一緒ではなかったのか?
じゃが、もしかして!
信じられぬことが、わらわの周りで起きているのか?

・・・

わらわの心は大きく乱れて行きます。
大きな不安が沸き上がって来ます。
何かの理由で、缶コーヒーが居ないとなれば、、
わらわは、一体ど~なるのじゃ?

・・・

・・・ 缶コーヒー!

・・・

わらわは、取り乱したように走り出し、
自転車置き場に自転車を投げ捨てて
一目散で広場を教室に向かって走り出しました。
必死でした!

・・・

美沙ちゃん~ (後ろから娘の声が聞こえました。)

・・・

缶コーヒー、そなた!
そなた、居るのか?

・・・

・・・

わらわを1人にしないでくれ!

・・・

そなたは、わらわの護衛役ぞ!
どこにも行くな!

・・・

約束じゃろ!

・・・

記憶が蘇ってきます。
その記憶を追って、ある場所に走ります。
2年C組の教室に向けて一気に走りました。

・・・

走りながら、何ゆえか己がお市ではなく
ムシ子殿になっていくように思えました。

・・・

わらわは柴田勝家の妻、お市じゃ、
じゃが、何故に、わらわは、そなたを求め走り続けているのじゃ?
この思いはなんじゃ?
ムシ子殿が、そ~させているのか?
この心の奥に秘めたるものが、
間違いなく、わらわの体を動かしている。
胸が締め付けられるように痛むぞ!
苦しいぞ!

・・・

靴置き場から階段を駆け上り、二階の廊下を全速で走ります。
他の男どもや、おなごどもを振り分けるようにして走ります。

心の奥で叫びながら走ります。
邪魔をするでない!
わらわを通すのじゃ!

・・・
何故か男どもの視線を強く感じます。
変な奴らじゃ! 見るでない!
缶コーヒー、どこへも行くでないぞ!

・・・

缶コーヒー、
そなたは、わらわの護衛役ぞ!
わらわを守ると誓った護衛役ぞ!
息が切れて、後ろに束ねた髪が乱れるように揺れます。

・・・ 走ります。

缶コーヒー!
そなた、約束したじゃろ!
わらわを陰ながら見守ってくれるとな!
命がけで守ってくれるとな!
わらわを見捨てるでないぞ!

このお市を命がけで守るのじゃ!
そなたは、そ~誓ったろうに!

心の蔵が激しく高鳴っています。
なり振り構わず走り続けます。
缶コーヒーの元へ

・・・

缶コーヒー!
居るよな!
必ず!

・・・

教室の後ろの入り口廊下を、勢い余って走り過ぎようとします。
それでも、扉に両手をかけて体を止めます。
激しい鼓動に息が乱れ、髪が汗でほうにこびりつきます。
ど~か、、ど~か、
わらわを一人にしないでくれ。

・・・

・・・

窓側から2列目の席を祈るようにして見ました。
ムシ子殿の席の隣を見つめます。

・・・

・・・

・・・

・・・ はあ、はあ、はあ、、、息が乱れます。。
体が熱く燃えているようです。

・・・

・・・

・・・

あぁ、、、

・・・

・・・

・・・

・・・

・・・ これは、、、

・・・

・・・

・・・

神よ!

・・・

・・・

・・・

・・・

涙が滲んできます、、、

・・・

・・・

・・・

・・・ くっ、、

滲んだ霞の中に、その姿が映りました!

・・・

・・・

・・・

・・・

両手を扉にかけたまま、
全身の力が抜けていくのが分かります。
自然に、その場にしゃがみ込んでしまいました。
と同時に、
一筋の涙が、ほうを伝い床に落ちて行きました。

・・・

・・・

缶コーヒー、、、
愛おしいその姿、、、

・・・

かたじけない。
わらわとの約束を果たしてくれるのじゃな。
よかった、この上なく嬉しいぞ、、

・・・

安堵したぞ!

わらわは そなたを信じていいのだな!
かたじけない、心より礼を申すぞ。
わらわは、そなた無しでは生きられぬわ!

・・・

・・・

ねえ、美沙ちゃん!
大丈夫なの?
本当に、ど~しちゃったの?

・・・
あ~ 又、この娘か。。。

・・・

しゃがみ込んでいる、わらわの傍で、又あの娘が心配そうに
手を優しく肩に掛けて来ます。
わらわは、その娘の顔を見つめました。

・・・

娘は驚いた表情で、じ~っと見つめています。
美沙ちゃん!
あなた、泣いてるの?
そ~言って小さな布を出して、
わらわの顔の涙をぬぐってくれました。

・・・

ありがとう、美香ちゃん、
さっきね、
自転車でこけちゃって、
目にほこりが入っちゃったみたい。

・・・

ふ~ん (娘が私を見つめています)
何かを感じ取っているようじゃな。

この娘にとって、わらわは、もう一人の美沙なのじゃ。
わらわは もう一人の美沙!

ただ、缶コーヒーに取っては、
わらわは、お市でありムシ子殿なのじゃ!
いずれにしても、

わらわは私。

・・・

この娘は、私の幼い頃よりの親しい友であった。
山口美香。
もう一人の美沙が、美香ちゃんと呼んでいる娘だ!
野々村美沙と山口美香は小5の時から
色んな苦労を伴にして来た仲なんじゃ。
よく思い出せぬが、心を許せる唯一の存在なんじゃ。

私は言いました。
かたじけない。
美香ちゃん!

え?
美香ちゃんの表情が変わったように見えました。

私は無言のまま立ち上がり、缶コーヒーの姿を追って
ムシ子殿の席につきました。

 

後ろから、

美沙ちゃん、、、、と言う小さな声が聞こえました。
淋しい響きの声でした。
・・・

その日は色んな授業がありましたが、
私は、頭の中にあるムシ子殿と、もう一人の美沙の記憶を
頭の中で必死でまとめていました。
膨大な記憶の中で戦乱の世に生きる己の生きざまと
この時代に来て、新たに接するムシ子殿と、
もう一人の美沙の記憶を
まとめようと努めました。
・・・

頭の中で、それぞれの記憶の因果関係を整理し、
少しづつ鮮明にしていきました。
それでも、まだ頭は混乱だらけです。
ムシ子殿と、もう一人の美沙の区別がはっきりしません。

2人の人間の生きざまが、ぎっしり詰まった記憶です。
そ~容易くは悟れません。
あまりにも膨大過ぎです。

それに
例え記憶をまとめても、それは単なる記憶に過ぎず、
ムシ子殿や、もう一人の美沙の感情までは、
ハッキリと読み取ることは出来ないのです。

それに、ど~しても分からないのは、
文化祭の前後での時のずれでした。
いくら考えてみても、答えは出ません。
文化祭前の現在、缶コーヒーの存在はないはず。
ですが、何故か、缶コーヒーは実在しているのです。
それは不可解な事でしたが、
私にとって、それは幸せなことでした。

・・・

私は今後の、この時代での生き方を考えてみました。
方法としては、自分の中の3人の記憶を
その都度、呼び起こしながら、
人と接していくしかないと言うことでした。

・・・

ですが、成り行きにより、感情的になった時には、
ムシ子殿が表に出たり、もう一人の美沙が表に出たり、
また、わらわ自身の、お市も表に出るのです。
考えてみるに、それは、ごく自然のことでした。
何故なら、感情は記憶とは別のもので、
その時の心の動きだからです。
それについては、成す術はありません。

缶コーヒーに対しての、
今朝の感情はムシ子殿の本心です。
私が装っているのではありません。
そのようなことが出来るはずもないのです。
ムシ子殿は缶コーヒーに恋している。
それが、自然な形になって表れたのでしょう。

・・・

私の中に3人の人格が居ることで問題があるとすれば、
周囲がそれを理解しがたく、不可解に思うことです。
ですが、それは、成るようにしかなりません。
今の私にはど~することもできません。

どの授業においても下を向いて、
ただ記憶をまとめていました。
この時代で、
私以外に二人の人格を持って生きるには、
それぞれの記憶を、より早く知ることが、
何よりも大切だと思ったからです。
缶コーヒーは、私の横隣りの席で、
私を心の奥で見守ってくれていました。
言葉には出しませんが、
私にはそれが痛いほどに伝わってきます。

・・・

かたじけない、缶コーヒー!
わらわが今少し慣れるまで、我慢をしてくれ! よいな!
そなたの思いやり、かたじけなく思うぞ!
そ~心の中でつぶやき、缶コーヒーに目をやると、
お方様、ご心配ご無用でございます。と目が語りました。
心と心の会話でした。

・・・

俺は、お市様を守り抜くにはど~したらよいか
考えていました。

お方様が、この時代に慣れるまでは出来るだけ人に接せず
喋らず、とにかく行動を控えてもらう他はないと思いました。

ですが、

3時限目の歴史の時間に、事は起きてしまいました。

俺は、
日本史の授業については、
かなりイヤな予感がしていました。

ムシ子と俺が出会った頃の日本史の授業は
戦国時代を習っていたからです。
お市の方様が生きておられた時代です。
もともとムシ子は、柴田勝家や、その正室のお市の
最期に興味を寄せていたのです。切腹にです。

・・・ 何事もなければいいんだがな~ (俺)

お方様は、じ~っと聞き入っていました。
お方様は頭の切れるお人です。
既にムシ子の記憶で、俺よりも良く
歴史の知識はあるかもしれません。
てことは、
恐らくは、
ご自分の運命もこの時点で理解しているのでしょうか?
更に、
ムシ子が、お市様の切腹について興味を示していたことにも、
気が付くかれたかもしれません。

どこまでムシ子の記憶を把握したのかは
俺には分かりません。
ですが、
お方様が、それを理解するのは時間の問題です。

・・・

授業の詳細は別として、
女の先生が豊臣秀吉について話した時のことです。

・・・

羽柴秀吉が農民の出身だと先生が話した時のことです。
教科書では誰もが知っている内容ですし、
今まで、テレビドラマ等でもよく演じられて来ました。

ですが、
ここに居られるのは、本物のお市の方様なのです。
尾張織田家の姫君、織田信長の妹君、お市様です。
歴史上に名を残す、
豊臣秀吉や徳川家康も当然に知っています。
知っているなんて生易しい物ではありません。
同時代を生きているのです。
当然に実際に接触し会話だってしているはずです。

・・・
女の先生の話に、
明らかにお市様の顔色が変わりました。

ヤバいことに、
先生が質問の時間を設けてしまったのです。

・・・

皆さん!
何か質問はありませんか?
戦国時代は日本の歴史の中でも一番面白い箇所ですよね。
何でもいいですよ。
手を上げて質問して下さい。

し~ん! 誰も質問しません。

・・・ し~ん、、、(いつもの事です。)

お方様は、
背を正して、じ~っと前を見つめています。

あ~ ヤバイ!

・・・

俺は、お方様に必死で手で合図を送りました。
ですが、通じません。
表情が見る見る険しくなっていくように思えました。
仕方なく俺は、小声で言いました。
お方様! ダメです!
質問なんてしないで下さい。
何も喋らないで下さい。ダメです。絶対にダメです!
約束を守って下さいよ!
・・・

お方様が俺を見て言いました。

許せぬ!

そ~言ったかと思うと、ス~と手を挙げました。
・・・

はい! 野々村さん。
立って質問してください。

お方様はゆっくりとその場に立って、
先生を真っすぐに見て言いました。

そなたは何者か?

え?(先生)

そなたは何者かと聞いておる。

は?(先生)

乱世の世を面白いとは何事じゃ!
しかも、そなたの申す事は真ではないぞ!
勝家殿もわらわも百姓に追い込まれて腹を切ったのではない!
猿は我が兄、信長に仕える身分高き武将ぞ!
憎き猿ではあるが、奴は生まれも育ちも百姓ではない!
偽りを申すと承知せぬぞ!
無礼者!

・・・

それだけ言うと、ス~っと席に着きました。

・・・

し~ん

・・・

・・・

夢と幻想の森