ご飯よ~ 降りていらっしゃ~い

母の呼ぶ声が聞こえます。
夕食です。
あ~ もうお腹がペコペコで死にそう。


私は、は~い!と大きな声で返事して
一目散で階段をドタドタ!と走り降りました。

台所から漂うお母さんの夕飯の匂いがしてきました。


あ~ 今日のご飯、何だろう?
野菜をいためたような匂いがする。あ~良い匂い。美味しそう。

階段の最後のステップを2つ飛ばしてドン!と
床に飛び降りて台所に入りました。


えっ!

イケメン!


背が高い男の人が冷蔵庫の扉を開けて立っています。

あれは! 私の、わたしの、兄!

お兄ちゃん!
でもこんなに格好いいイケメンだったかしら?

父が新聞を開いています。

6年前の我が家のメンバーが勢ぞろいです。
これが私が小5の時の我が家なんだ。
勿論、記憶にはあるのですが、ずいぶん昔のようで、
私は戸惑いました。


何だか胸の中がじ~んと熱くなって来るのを感じました。

私のお兄ちゃんが目の前にいる!

母が居て、父が居て、そしてお兄ちゃんが居る。

母が言います、さあみんな早く座りなさい。
今日は野菜炒めですよ。
月野うさぎちゃんのおススメ料理の野菜炒めです。


はい! お父さん! しっかり食べて!(母が私に微笑んでいます。)

おう! そ~だったな! 野菜は1日350g食べないとな。
そ~言って私の方を見て笑いました。

健一! さあ、お前も座りなさい!


今、忙しんだって? で、ど~なんだ? 大学は?
東京の住み心地はいいのか? 寮生活はど~なんだ?

あ、ま~ まあ、なんとかやってるさ、
部活の仲間も出来たし、楽しくやってるよ。

兄は、今年、東京のある大学に進学して今1年生です。
授業のカリキュラムの組み合わせで時間が空いたので
さっき、帰って来たばかりでした。


兄は以前、家にいる時は庭先でハウスを自分で作って、
ランの花を育てていました。
私はそんな兄を、とっても器用だな~と思って
感心して見ていました。
今日、帰ったのもハウスが気になってかもしれません。。


兄と私は歳が8つも離れているせいか、とても優しくて、
可愛がってくれました。
いろんな話を分かり易い言葉で教えてくれたのを
覚えています。
花と自然の関係とか、花と虫の関係とか、
色んな道具の使い方や、花以外にも動物や魚や鳥などです。


その兄が今、私の目の前に居ます。

なんて素敵なんでしょう。

高2の私は、自分の兄に恋してしまいそうです。


さあ! これでみんな揃ったな!
じゃあ食べるか!

みんな一緒に手を合わせて、

いっただきま~す!


美沙! お前、お兄ちゃんに会いたかったんだろう。
良かったな~あ、、、、、直ぐに会えて、、、

健一! 合気道はど~なんだ!


あ~ 楽しいに決まってるさ!
最初はさ、しんどくて、
止めちゃおうかと思ったけど、先生や先輩や仲間が
良くってさ、頑張れてるよ!
今は部活に行くのが一番の楽しみなんだ。
初心者で色んな苦労もあったりするけどさ。
自分が少しづつ強くなってるようで自信も出てきた気がする!


護身術ってスッゴイ魅力があるって思ってるんだ!
何だか、人は変われるって思えるんだ。
勇気とか自信とかさ、不思議に湧いてくるんだ!
合気道部に入ってよかったよ!


私は一瞬、頭の中にパッ!と明かりがつきました。


だからその時、


合気道ーーーーーーーーーーーーーーーーーー!


と、大声を出して立ち上がってしまいました。
うっわーーーーーーーーーーーーーあ! どうしたんだ美沙?


急に大声を出して、
俺、コップを落とすとこだったぞ!(兄)
お父さんもだ!


一体、ど~したんだ?
家族3人がビックリして私の顔を見つめました。
あ、、、、ごめん!
グーの手を頭に当てて、、にこにこ、ごめんなさい。

私はゆっくり席に座り、兄の顔をじっくりと見つめました。

し~ん、、、、、、、、皆が私を見つめています。

・・・

合気道って、な~に?

・・・

兄と父と母が、互いに顔を見合わせました。

父が、例の大きな声で笑い出しました。


わっ!は、は、は、は、は、は、は、は~


みんなもそれに連れられて笑い出しました。
おい!おい!美沙、お前、急にど~したって言うんだ!
そんな大声出して、ビックリするじゃないか。


護身術って言ったよね、お兄ちゃん!

言ったよね!

合気道で強くなったって、、、、、、、、人は変われるって、


お、おう!
少しだけだけどな、強くなった気がする。


じゃあ、

じゃあ、、、、、私にもそれを、それを、


教えて! お願いお兄ちゃん!

合気道を私に教えてちょうだい!

はあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーあ!


また、3人が顔を見合わせて、父が真剣な顔で私に言いました。

お前、学校で何かあったのか?
ひょっとして、だれかに、いじめられてるとか、、、、(父)

いじめられてるのか? ど~なんだ? 美沙! (兄)

美沙! 前にも言ったように、皆あなたの味方なのよ、、
今日はみんな揃ってるし、何でも話してみなさい、、、、(母)

う、うん、、、、実は、、、

・・・

皆が私の話を集中して聞いています。

・・・

私は今日学校の帰りに、クラスメイトの丸坊主が上級生に
いじめられてたことを詳しく話しました。


それで、私はセーラムーンの月野うさぎになって、
トイレの汚いモップを振り回して6年生3人をやっつけて
丸坊主を助けたことを話しました。
でも本当は怖くて心臓がドキドキして体が震えてたことや、
でも、めちゃめちゃ必死でモップを振り回したことを
話しました。


・・・


兄と父と母は又顔を見合わせています。


はっ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、、、


兄がお腹を抱えて笑い出しました。
な~るほど、、、、それで、強くなるために、
俺に合気道を習いたいのか、、、、、ハ、ハ、ハッ!

うん! 私、セーラムーンみたいに強くなりたい!

はーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーあ! (兄)
セーラムーン~?


そう、そうなの! 正義の味方、セーラムーンの
月野うさぎみたいに強くなりたい。。。。

セーラームーンになって学校の、いじめをなくしたいの!

母が、テーブルを立って私の後ろに来て、優しく私の体を
両腕でだっこして、私の頭にほうを付けて言いました。

あなたは、優しい子ね!
とっても思いやりがあって強い子だわ! 大好きよ!

父が言います。
美沙、それでお前、大丈夫だったのか、何かされたとか
言ってごらん! 痛い事されたとか、どうなんだ?

私、お腹を叩かれて、ウっ!となって倒れちゃったけど、
それで、

逆に元気が出ちゃってモップを拾ってやり返したの。。。。
お腹が気持ちよかったことは言いませんでした。
絶対の秘密です。


えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーえ!


腹を殴られた! 6年の男子にか~ (父)
で、大丈夫なのか?
お父さんは大慌てです。。。。。。!
おい! 美沙! お腹を直ぐに見せなさい!
お母さん、早く美沙の腹を見てやれ! 直ぐに!
怪我してるかもしれないじゃないか?


私は慌てて言いました。
お父さん! 落ち着いてよ!

大丈夫なんだから! 痛くなんてないから!
ほらこんなに食欲だってあるし、
後で、お腹を見たけどなんともないし、大丈夫だから!
とにかく、座ってよ、
落ち着いてちょうだい!

全然心配ないから、、
私、本当にホントに大丈夫だから、心配しないで!

本当に、大丈夫なんだな? それならいいんだが、、、!


ねえ~、みんなご飯を食べながら話そうよ!
お母さんの野菜炒めがさめちゃう!
そ~言って私は、
大きな口を開けてパクパクと食べました。

そ、そ~だな? 食べよう(父)

やっと落ち着いて、みんなで母の作った、超美味しい
野菜炒めを楽しく食べました。

少しして、兄が私に聞きます。

で、いじめられっ子は美沙に感謝したのか?

助けてやった男の子は、美沙に感謝してるよな。
なんて言ってた?

う、うん  それが、、、
・・・

なんで、助けるんだよ! ほっといてくれ! って、

そ~言われちゃった。


はーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーあ!


また、父が大きな声で立ち上がりました。

大変だ!

大変な状況になってるかもしれない!
学校に行って先生と話さなきゃダメだ!

な~ お母さん! ほっとけないだろう?
美沙だって腹を殴られたんだぞ!
また、やられる可能性だって十分にある!
お父さんの大切な美沙を殴るなんて!許さない!

ほっとけない!
明日、早速お父さんが学校に行って先生と話してくる。
お父さんはかなり興奮しています。

父さん! 待ってくれよ!(兄)

ダメだよ!

直ぐに親が出ちゃあ、、、、
きっと、その時だけの対処療法になってしまって、
根本的な解決にはならないよ!

いじめは解決できない!

じゃあ、ど~しろって言うんだ健一!
お前の考えを聞かせてくれ。さあ、言ってくれ!

・・・

・・・

兄は腕を組んで、じ~っと考え込んでいます。
そして言いました。

美沙だよ!(兄)

美沙? (父)

そうさ、美沙はセーラムーンなんだろう!
月野うさぎだって本人が言ってるじゃないか。
だったら、セーラムーンに解決してもらうしかないよ!

さっきまでの話を、父さんだって聞いてただろう!
美沙は、勇気があって優しい子だろう。
父さんと母さんが、そんなふうに育てたんじゃないか。

大人は、いじめがあると直ぐに学校の責任や先生の責任や
社会の責任にしたがる。勿論、それもあるけど、

問題は子供の間で起こっている事なんだ。
だったら、子供の間で解決しない限り解消なんて
出来ないと俺は思うよ。

いくら親が出て行っても、その場限りになってしまう。
だから、いつになってもいじめはなくならないし、
どんどん酷くなっていくばかりだと思うんだ!
美沙を信じようよ!

美沙は、父さんが思っているよりはるかに大人だよ!
もう立派な大人だよ!


ドキ! (私)

そう、私は高2の準大人!
私的には完全な大人だ?


まさか、お兄ちゃん、私の事、見破ってるの?
それはないか、、、、? あるはずない!


そ~かな~? だって、美沙はまだ小5なんだぞ!
体だってちっこいし、まだまだ何も知らないし、
経験もないし、1人では出来ないことだって
いっぱあるだろうし、、、、、心配で仕方ない!
お父さんは、お前が言ってる事が無責任なことに
思えて仕方ない。
美沙の身に何かあったらど~する。
あってからじゃ遅いんだぞ!
親が守ってやらなくてど~するんだ。

それは分かってるよ、でも
学校でのことは、美沙でしか分からないし、
現場に居るのは美沙だろう!
だったら、
親がいくら心配したって現場に居ないんだったら
守ってやれないじゃないか。

親が先生に文句を言ってもさ、
先生だってきっと知らないことばっかしだよ!
現場にいる美沙でないと見えない事が
いっぱいあると思うな。

美沙はそれに対して、向かって行こうとしてるんだよ!
だったら、美沙にやらしてみようよ!
美沙を信じてさ。

美沙を父さんと母さんの愛情で支えて見守ってやるしか
ないんだと思うよ!俺は。

思い出してよ!
俺の時だって結局はそ~してくれたじゃないか。
忘れたの?
俺が中学の時さ、俺だっていじめの経験してさ、
あの時、
父さんと母さんが居たから俺は乗り切れたんじゃないか。
俺を子ども扱いせずに1人の大人として、
扱ってくれたじゃないか。

俺のことを絶対的に信じてくれたじゃないか。


えーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!


お兄ちゃんが、いじめられてた~?
私16歳だけど今まで知らなかった。

兄が私に言いました。

美沙! 宿題が終わったら、体操服を着て

俺の部屋に来い!

——————————————–

私は30分間で、
宿題と全教科の復習と予習と明日の時間割を済ませました。

体操服に着替えました。
そして、心の準備をしました。
鏡の中に小5の私が映っています。子供だな~
胸無し、尻無か~ かろうじてウエストはくびれてる。
お兄ちゃんは私の事を信じるって言ってくれた。
もう大人だって言ってくれた。
素敵な、お兄ちゃん! ありがとう! 嬉しいな~
私、頑張ります! でも今とても緊張しています。
だって、お兄ちゃん、素敵過ぎるもん!

私は、2階の私の部屋の向かい側の部屋をノックしました。
兄の部屋です。

お~ 美沙か! 入れよ!

広い部屋ではありませんが、中央のテーブルや物などは
かたずけられて、広くしてくれていました。

この場所で合気道を私に教えてくれるんだわ。
何だか心臓がドキドキして来ました。

兄が部屋の真ん中に正座して座りました。
美沙! お兄ちゃんの前に同じように座ってみろ!

私は、緊張したまま言われるように、兄の正面に正座しました。

兄が私をじ~っと見つめています。
何も話さないまま、ただじ~っと見つめています。
あ~ お兄ちゃん!
なんで私をそんなに見つめるの?
何故、何も言わないの?
私、わたし、恥ずかしいよ、お兄ちゃん、、

お兄ちゃんは、いつまでも、じ~っと私を見つめます。
ど~しちゃったの? お兄ちゃん?

こんなの不自然だよ、、、、
そう思いながら、
それでも兄をじ~っと見つめていました。

お兄ちゃんがゆっくり呼吸しています。。。
肩がゆっくりと呼吸に合わせて動いています。
瞬きもしています。

しばらくすると、お兄ちゃんが、かすかに微笑んでいます。
だから、私も大好きなお兄ちゃんに微笑み返しました。

お兄ちゃんが言いました。

美沙! 軽く目を閉じてごらん!

私はお兄ちゃんが言う通り軽く目を閉じました。

美沙! 何が見える?

お兄ちゃんの顔が優しく微笑んでいる姿が見えるよ。

じゃあ、そのまま目を閉じて、
お兄ちゃんの姿を追ってみるんだぞ。

うん!

私の閉じた目の中で、お兄ちゃんが立ち上がって、
私の右横に来ました。
そんな気配が伝わってきます。

お兄ちゃんが横から私を見つめています。
お兄ちゃんの呼吸も感じます。

美沙! お兄ちゃんがまだ見えてるだろう? うん!

お兄ちゃんは、もっと動くから、ず~っとお兄ちゃんの姿を
追って来るんだぞ。 うん!

お兄ちゃんが、私の真後ろに回って座りました。

今も、お兄ちゃんの姿が見えるか? うん!

じゃあ、お兄ちゃんの姿を言ってみろ。

今、お兄ちゃんは私の真後にあぐらをかいて座り
メガネをかけて笑ってる。

美沙! 目を開けてお兄ちゃんの方を見てみろ! うん!

私の真後に私の言った通りのお兄ちゃんが居ました。

お兄ちゃんが、メガネで笑っています。
あぐらをかいて座っています。
お兄ちゃんが元の私の正面に戻って正座しました。

美沙!

目を閉じてても、お兄ちゃんの姿が見えただろう。
不思議だろう。何故だかわかるか?

う~ん? ??

人間は目を閉じていても相手が見えたり、目を開けていても
相手が見えないことがあるんだ。

目を閉じて相手を見ることは超能力なんかじゃないんだ。
相手の微かな動きで、その音や空気の流れを耳や肌で感じて、
相手の状態を想像して、あたかも見えている様に感じるんだ。
今、美沙もお兄ちゃんの姿が見えただろう。

お兄ちゃんがポケットからメガネを取り出した気配を
読み取ったのには、驚いたけどさ。

美沙! うん!

これを相手の気を読むって言うんだ。
美沙には、少し言葉が難しいかもしれないな。

合気道と言うのは、
相手の気を読んで相手の動きに合わす護身術なんだ。
合気という、言葉が表す意味の通りなんだよ。

お兄ちゃんは初心者だから合気道の難しい技なんかを美沙に
教えてやれないけど。

でも、大切なことは、難しい技を覚えることよりも、
相手をよ~く見て観察して、気を読むことなんだ。

相手の気を読めれば、相手の次の動作も分かるだろう、、
そうすれば、自分がどう動けばいいのかもわかる。

目を閉じても、美沙はお兄ちゃんの姿が見えただろう!
美沙はお兄ちゃんの気を読んだんだ。
美沙はとても優秀だよ!

よし、じゃあ少し動いて練習してみるか!

うん!

相手をよ~く見て、相手の気を読むんだぞ!
そうすると、相手の動きが分かるからな。。。。

お兄ちゃんが、手を振り上げて美沙の頭を叩くから
お兄ちゃんの気を読んで当たらないように体を
かわしてみるんだ。いいか!

うん!

じゃあいくぞ!


エイ!

こんっ!  痛いーーーーーーーい!

もう一度、エイ!

ゴン!  痛いーーーーーーーーーーーーい!


もう一度、エイ!

ゴーーーン!  痛いーーーーーーーーい!


・・・


ゴン!  痛いーーーーーーーーーーーーい!
こんっ!  痛いーーーーーーーい!


・・・ゴツン 痛い、、、こん! 痛い、、エイ! ゴン! 痛っ!


・・・


お兄ちゃん、目が回るよ! 頭がくらくらしてる。

よし! 休憩だ!

美沙! 何故、かわせないか、わかるか?

わかんない? 痛いよ~ 頭が痛いよ、お兄ちゃん!
何故なの、、、なんでかわせないの?
一生懸命にお兄ちゃんの手を見ているんだよ!
かわそうと思った時には、目から火が出ちゃってる。。。

そうか。 そうだろうな!


美沙!
気を読むってことは相手の手を見ることじゃあないんだ!
手だけ見てても気は読めないんだ!
気を合わすことなんて出来ない。


お兄ちゃん、意味が分かんないよ!
もっと分かり易く説明して。。。。


手だけを見るんじゃなくて、相手の動作の全体を見るんだ。
お兄ちゃんの手が美沙の頭に届くまでには
色んな動作があるはずだろう。


例えば、
手が振り下ろされる前に、肩や胸が少し動くとか、
足が前に移動するとか、
お兄ちゃんの顔が変化するとか、首が動くとか、
反対の手が少し揺れるとか、服が揺れたり、しわが出来たり、
顔だって目が少し開くとか、唇をかむとか、
ほっぺが揺れるとか、、、、、、色んな動作の音もする。


そういった変化をしっかりと見て読み取るんだ。
打ち下ろされてくる手だけを見ていると、今言った
他の物が全く見れないんだよ。

手が振り下ろされるのは一瞬だろう!
だから、手だけを見ていると、間に合わない。
気が付くと今のように叩かれているんだ。

でも、振り下ろされる前の動作はいっぱいあるから、
それさえ分かれば、時間の余裕ができてくるよな。
それを読み取れば、
いつどのように打ち込まれるのかが分かり、
きっと、かわせるようになる。


ふ~ん、、、、、、なんとな~く、分かる気がする。(私)


それと、
よく見るという意味は相手の全体の動きを
感じるって言った方がいいかもしれないな。
力を抜いて楽な姿勢でどこにでも動けるようにするんだ。
自分の体が空気の中に舞うような感覚かな~

そっか~ 目を閉じていた時に、お兄ちゃんを感じてたわ。
体の力が抜けてて、お兄ちゃんの空気の動きが伝わって来た。
まるで自分が空気の中に浮かんでいるようだった。
あの感じなんだね。

そうだ、よく見るということは、
よく感じるってことだ。。。

よし! 美沙!

じゃあ、もう一度やってみよう。
お兄ちゃんをよく見て感じるんだぞ、
体の力を抜いて、いいな!


うん!


いくぞ!


エイ! バシ! そら!  バシっ! もう一度 えい!


ヤアッ! バシ! エイ! や~ シュッ! ヤッ、エイ
そら、もう一丁、バシッ! バン!、、、、、、、、


フェイント攻撃だ、エイ、やあ! ばしゅ! バン!、、、


本当だ! 嘘みたい! 全然当たらない! いくら打たれても
かすりもしない。


全部かわせちゃう、、、、
しかも、お兄ちゃんの動きが手に取るようにわかるわ!

ヤアッ! バシ! エイ! や~ シュッ! ヤッ、エイ
そら、もう一丁、バシッ! バン!、、、、、、、、

どれくらい時間が経ったのか分かりません。
狭い部屋を、お兄ちゃんが私をめがけて色んな角度から
叩こうとしてきます。
手だけではありません、途中から脚で蹴ってきたり、
飛びついて掴もうとしてきます。
でも、私にはそんなお兄ちゃんの動きが全て読めました。

ヤアッ! バシ! エイ! や~ シュッ! ヤッ、エイ
そら、もう一丁、バシッ! バン!、、、バシ! エイ!

、、、、、バン! バシ! エイ!


よし! ヤメ!


ハア!ハア!ハア!ハア!ハア!ハア!ハア!ハア!ハア!


お兄ちゃんが、汗びっしょりで息を切らせています。


美沙! お前! お兄ちゃんより、すっごい!
お兄ちゃんは死ぬほど息が切れてるのに、
お前は何ともないみたいだな!

お兄ちゃんはな、手加減なしで本気で美沙を打ったんだぞ!
蹴ったり飛びついたりした。
え! 手加減なしで、本気で私を打った? 嘘!
俺、お前にぜ~んぶ読まれちゃったよ。あ~シンド~!
もうダメだ!
お前って本当にすばしっこいな奴だな。早逃げの天才だよ!


よし! 次の練習をしよう! うん!


次は相手の攻撃をかわしたら、直ぐに反撃するんだ!
かわしてからじゃないぞ、
かわしながら反撃するって感じかな。
そ~すると反撃も早くて、次の攻撃も防げるんだ!
反撃は手の平を広げてパーで打ち返す。
何故なら、相手も自分も傷つかなくて済むからなんだ。
普通は、相手の腹とか、顔とか、首とかを反撃するんだだけど、
腹がいい!
一番に安全なところだからな。いいか!


うん!


じゃあ、いくぞ!
お兄ちゃんは本気で行くぞ、いいな!
お兄ちゃんの腹をパーで打ち返すんだ!


エイ! バシ! ドン! おえ~!


ヤアッ! バシ! バン! う~、、、っ!


エイ! シュッ! ドスッ! おえっ!
やあっ! バン! バシッ! うーーーーーーうっ!

ヤッ! バシ! バン! ウギューーー、う~、、、っ!

えい! バシッ! ウギュ!
う~~~~~~~~~~~、、、 バタ!

お兄ちゃん、お兄ちゃん! どうしちゃったの?

お兄ちゃんが部屋の真ん中に倒れてしまいました。
九の字になってうずくまっています。

大丈夫! 大丈夫なの~ ねえ、お兄ちゃん!


美沙! お前! ど~なってるんだ?
信じられない。
お前の動き、めちゃめちゃ速いよ!
お兄ちゃんは、お前についていけなさそう。。。
お前の動きが速すぎて、反撃をかわせない。
美沙は本当にすばっしこいよ。ビックリだ!
よし! じゃあ元の処に戻って正座しよう。うん!


美沙! お前はすっごいよ!
本当のセーラームーンだ!
わ~ 嬉しい! お兄ちゃん! ありがとう!


それとな美沙!
いじめはお前1人では解決できないかもしれないぞ。
正義の味方を増やさないとだめかもな。
クラスのみんなで協力しないと解決できないと思う。


協力?

そうだ!なんでもそ~だけど1人の力では
どうにもならないこともあるんだ。
だから、クラスの皆と協力し合わないと難しいと思う!
それって、ど~やったらいいの?


う~? 難しいな~
お兄ちゃんもよく分かんないけど、
先ず、
クラスの皆に分かってもらわないとダメなんじゃないかな~


いじめは人を傷つけるので良くないってこととか、
だから友達で助け合わないとダメだとか、
又、いじめられる人の気持ちを分かってもらうとか、
クラスメートで、いじめを無くするために団結するとか、


誰かがリーダーになって、皆を引っ張って行って
いじめに立ち向かって行くしかないのかな~
でさ、自分の意見とか考えを、はっきり言って
分かってもらうんだよ。
でも、それって、すっごく勇気がいることなんだ。


でも、
いじめでなくてもさ、
その勇気がないと解決できない事っていっぱいあるんだ。
お兄ちゃんも、美沙に偉そうには言えないけどさ、
いつもそう思って頑張っているんだ!
一番難しいところは、そこだと思うな!
美沙は、勇気があって優しい子だから、
きっと頑張れると思う。
勇気と優しさがあれば、きっと出来ると自分を信じるんだ。
お兄ちゃんは美沙を信じてる!
父さんも、母さんも、みんな美沙の味方だもんな。


お兄ちゃん!

リーダーって、もしかして私の事?

・・・

それは、美沙!
自分で決めることだと思うな。
リーダーにならない道だってあるし、
それが、悪いことでもないからさ。。。
その時になって、美沙が決めたらいい。
それに、リーダーは、
なろうと思ってなれるもんでもないんだ。

・・・ ふ~ん? そうなんだ、、、

お兄ちゃん! ありがとう!
今度はいつ帰って来るの? 又早く会いたいな!
ああ、、また近いうちにな、、、
美沙! ゴメンな! 頭、痛かったろう。。。
この痛み、忘れるなよ! 人は殴られると痛いんだ!


私は、兄に抱きついてしまいました。
おいおい!美沙!
お兄ちゃん、大好きだよ!
兄の温もりと男らしいフレッシュな匂いがしました。
私は、兄のその匂いを胸いっぱいに吸い込みました。
勇気と優しさの匂いのように思いました。


兄は小5の私より8歳年上ですが、実際には高2の私とは
2歳しか違いません。

なんて素敵な兄なんでしょう!

小5の私を1人の大人として話をしてくれました。



あ~ お兄ちゃんに本当に恋してしまいそう!


翌朝、

お兄ちゃん~
そう言って朝ご飯で台所に走って行きました。

あれ? お兄ちゃんは?


お兄ちゃんは、朝早く東京に出かけましたよ。
そう母が言いました。

そっか~ もう、行っちゃったんだ!
また、早く帰って来ないかな~
早く、会いたいな~

父が新聞を広げて言いました。
美沙!お前!昨夜は随分とお兄ちゃんに
色んな事を教わったみたいだな。
お兄ちゃん、言ってたぞ、
美沙は本当のセーラムーンになったってさ!
他に何か言ってなかった?


美沙を信じてる!って言ってたぞ!

(お兄ちゃん、、、、)

・・・ 兄の笑顔が頭に浮かびます。

一体、どんなことを習ったんだ?


うん!
またいつか話すからね、お父さん!
まだ、今は話しても意味がないみたい。
そ~か~ じゃあ、いつでも困った時は、
お父さんとお母さんに話すんだぞ! いいな


は~い


朝一番のホームルームの時間です。

あれ? メガネだ!

みなさん、今日は菊池先生はご出張で居ません。
昨日言ったように、私が今日の授業をやります。
ただ、今日はホームルームと1時限目を使って
皆さんと話したいことがあります。


し~ん


話したい事? 何だろう? なに? なんだろうね!

・・・

実は今日、井上君が休んでいます。
実は、昨日夕方に、家の人から学校に電話かあって、
本人は、
もう学校には2度と行きたくないと言っているそうです。


先生が井上君の家に行って、やっと本人と話を
したのですが、何があったのか話してくれません。


井上君は頭に怪我をしていてて、
ど~も誰かに殴られたふうでしたが、
本人は違うと言い張って、詳しいことはわかりません。


だれか、
この中に井上君の事を知っている人はいませんか?
お母さんの話では井上君は以前にも3~4度程
同じようなことがあったそうです。
前にも頭を怪我して病院にかかったそうです。


エッ! あの丸坊主、前からいじめられてたんだ。。
以前から何度も頭を殴られていたんだ!
あの6年生たちだ! なんてガキどもなんだろう!
これって完璧ないじめだ。


女の子たちが前横後を向いて、こそこそと話しています。


井上君、またやられたんだってさ、、、、、、
だって、生意気だもんね~、、、3~4度って言ってるけどさ、
10回以上だよね~、、、お金も取られちゃってるし、、、
勇気ないもんねあいつ、、仕方ないよ~ 、、、坊主頭って
殴られやすいのかも(笑)、、性格悪いし、、だね、、
典型いじめられタイプよ、、だね、 そ~だね、、
男子だって、み~んな知ってるよ、、クラスみんなだよ!
知らないのは菊池先生だけじゃない、、


え~ みんな知ってるじゃん!
でも私は、井上君がいじめられてるなんて知らなかった!
なんでだろう?
ひょっとして私も、いじめられてるから?
違った形でのいじめかな~、、、?


でも、
私はいじめられても、いじめと思ってこなかったし、、、
要するに私はクラスで1人だけ浮いちゃってるの~?
そうかもしれないな~ コミ症だもん、、


メガネが言います。


もし、いじめがあるのでしたら大変な問題です。
皆さんの知っていることを先生に話してください。
一緒になって真剣に考えましょう。


誰か井上君の事を知りませんか?
何でもいいですから、先生に話してください。

・・・

がやがや、こそこそ、
色んな処から内緒話が聞こえて来ます。

・・・
先生に話してど~なるって言うのよね、、そ~よ、そ~だわ
いじめなんて無くなるわけないじゃん、そうそう、、
話して無くなるんだったら、
もうとっくに解決しちゃってるよ。そ~よ、、そ~よ



今までに先生にチクった人が何人も仕返しされてるのよね~
その時だって先生は助けてくれない。。何もしてくれない、、
色んな人がいじめにあってるの先生だって知ってるはずよ。
結局は何もできないくせに、電話があった時だけ、こんな風に
話し合いしましたって形を作ろうとすんのよ、、、汚いよ、、
先生なんてなんにも分かってない、そうよ、大人っていつもそう。
分かろうとしない。、、そ~だよ、、
表面バッカつくろってるだけじゃん。そうそう、嘘つきだわ。



結局教育委員会とかさ、ぺこぺこしてるだけじゃん。
今になって一緒になって真剣になんて、笑っちゃうよね。
がやがや、、、、、、、こそこそ、、、、、
でもさ、伊藤先生って新人じゃん。。
ど~するんだろうね?
面白くなって来ちゃったね。。。うん、うん

え~ これは大変だ~ 私はそう思いました。
みんな本当はよく知ってるのに、誰一人として手をあげない。
先生に言っても解決しないことも知っている。
今までが、そ~だったんだ。。。


でも、あいつらは井上の連れじゃあないの?
仲良くじゃれてたんじゃないの?
友達じゃあないの? そ~でしょう!
何故なの? ねえ~ お前たち知ってるよね?
話すくらい、いいじゃん! 丸坊主の事、それでいいの?

・・・ あいつら、
こら~ そこに居る男子のガキども、お前ら昨日
丸坊主と一緒だったじゃん!
靴置き場で一緒にじゃれてたじゃん!
なんとか言えよ! 知ってるでしょう。

う~ ダメだ! こりゃ!
こいつら、みんな知らんぷりを通すつもりだわ!
他人事なんだ。関わりたくないんだわ。
自分の事しか考えていない。み~んなそうなんだ。

でも、ど~しよう?
お兄ちゃんが言ってた事が、もう起きちゃった。
自分の意見を言うことの勇気って!
これのことだったんだね!


あ~ ドキドキしちゃって、体が震えてるわ!
ど~しよう? お兄ちゃん!


お兄ちゃんは私を信じていると言ってくれたわ!
私を信じてるって!
お兄ちゃんも勇気を出して、頑張っているって言ってた!


このまま黙って逃げてしまったら、
私はもうお兄ちゃんに会えない。
でもお兄ちゃん! 私、怖い!勇気がない!
自分の意見を言うことが、こんなにも勇気がいるなんて?
今まで、知らなかった。あ~ ど~したらいいの、、、
間違いを間違ってると言えない!
心臓の鼓動で目が飛び出しちゃいそう!
人の前で自分の言いたい事を言うなんて出来ないわ。
あ~ 胸から心臓が飛び出しそう!
やっぱし私は卑怯者なんだ!


でも、お兄ちゃんは私のことを、
本当のセーラムーンだと言ってくれた!
自分を信じろと言ってた。


私は、正義の味方、セーラムーン!
口で言うのは簡単だわ!でも実際には難しいな!

私は心臓が破裂寸前で体が震えています。



お兄ちゃん!
リーダーになる道を私で決めろって言ったよね。
ならなくても悪くはないって言ったよね。
それは私が決めることだって言ったよね。

私! リーダーになれなくても、
今の自分から少し抜け出したい。

そのためには、
机の上の私の手を50cm上げるだけだよね!
それだけなんだよね!

・・・

・・・ たった50cm

・・・
心臓が、ドキン! ドキン! ドキン!と打っています。

おしっこが漏れそうです。



目をつぶって体がガチガチに硬くなって、
それでも何とか手を上に50cm動かしました。

先生が、はい! 花ちゃん!
皆が一斉に私の方を向きました。


ドキ! ヤバイ!


し~ん 、、、、、、、、、、、、、、、、、


私は、
立ち上がって教壇の方へゆっくりと歩いていきました。
教壇で皆の方を向いて、じ~っと皆を見渡しました。
皆の目が私に集中しています。


し~ん 、、、、、、、、、 あ~ お兄ちゃん!


私はちっちゃな手を大きく真上に振り上げて
教壇の机を「バン!」と力いっぱい叩きつけました。


大きな音がして、
みんなが一瞬、飛び上がってビックリしました。

し~ん 、、、、、、、、、


こらーーーーーーーあ! お前ら!
耳の穴こっぴろげて、よ~く聞きゃあがれ!
井上はな、ず~っと前から6年生に
いじめられてんだろうが~


みんな知っててなんで黙ってるんだよ!
井上は同じ私たちのクラスメートじゃね~のかよ!


なんでみんな知ってて助けてやらね~んだよ!
おい! そこの男ども、
お前たちは、ダチじゃあね~のかよ!


お前ら昨日、井上と一緒だったろう!
井上1人が6年生に連れていかれた時、
なんで助けてやらね~んだよ!


都合のいい時だけツルんでんじゃね~よ!
お前ら井上のダチだろうが!


ダチって言うのはな、困ってる時に
助けてやるってのが、本当のダチってもんだろ~が!
この意気地なし!


あああああ、、、、、、私、ど~しちゃったの?
ストップ! ストップ! あ~


これじゃあ、まるで、ヤンクミじゃん!


おい!お前ら! よ~く聞けよ!
この学校にはな、いじめがある!
お前らも、よ~く知っての通りだ!
でもな、
いじめは皆が力を合わせれば解決できるんだ!
このクラスから1人のいじめの犠牲者も出さねえ!
分かったか!


何か言いたいことがある奴は言ってみろ!


し~ん 、、、、、、、、、


ちょっと、待って、私は小5だよね!
この口の利き方なに?
これって高2の私でもない!
もう、めちゃめちゃじゃん!
私はセーラムーンでしょうヤンクミじゃない!


し~ん


井上の連れの1人が私に恐々言いました。
花だって! あいつに何かしてやったのか~?


皆が私の顔を見つめて、首を縦に振っています。

じょうとうじゃあね~か!
あ~ してやったよ! 昨日な!
お前らが井上とじゃれてて、
井上1人6年生に連れていかれた後にな!
お前ら井上を見捨てたんじゃね~のか!


あの後、井上は6年生にフクロにされちまったんだぞ~!
だから、
私が、6年生3人をトイレのウンチ付きモップで
やっつけてやったんだよ!


いいか、お前ら!
いじめは、だれに起こるかわかんね~んだぞ!
1人じゃ解決できね~
だったら、
みんなで力を合わせて失くすしかね~んだ!


もう一度、バン!と思いっきり机をたたきました。

もう一つ言っておく!

私の名前は、野々村美沙だ!

いいか~!  バシ!  (机をたたく音)

こらーーーーーーーーーーーーーーーーーあ! 返事は?

バシ!  (机をたたく音)

はーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!(皆)



あ~ どうしよう? お兄ちゃん!


やっちゃった!


夢と幻想の森