と、その時です。

「あなた誰?」

「あなたがイレットなの?」

あなたの耳元で声が聞こえました。

閉じた目の向こうからあの彼女の声が聞こえたように思えました。

彼女の声!?

 

あなたは立ち上がって周りをきょろきょろ見回します。
殺風景なあなたの部屋です。
飾り気のない男1人住まいの安アパートの1室に
ベットと机、傾いた雑誌の本棚、色あせたカーテン、
水回りにはインスタント食品のの空き袋など、、、

 

窓からはまぶしく輝く夏のまなざしが差し込んでいます。
その窓辺の隅っこのちっこい木の台の上で鉢植えの
淡い薄紫のラベンダーの花が咲いています。

やはり、、、気のせいか、、、

 

あなたは大きくため息をつきますが、
最近忘れがちになっているラベンダーの花に水をさします。
ガラスコップに水道の水をくみ鉢が溢れないように
ゆっくりと水をやっていきます。

この部屋にラベンダーの花なんて似合わないと自分では思って
いるのですが、何故か今までそれとなく水やりをしながら
育ててきたのです。

 

水をやりながらあなたはこの花を買ったいきさつをふと思い出します。

3年も前のことです。
あれは確か会社の休暇で田舎をドライブしている時です。
かろうじて買った中古の軽自動車で夜運転していると遠くの空に
夏の花火が上がっているのが見えたのです。ついつい
そちらへ向けて車を走らせました。

 

子供の頃から俺は花火が大好きで両親に連れられて
よく花火を見たな。。。
暗闇に広がる花火の壮大さと体に伝わるドーンという音が
なんともいえない魅力で大好きだった。
そんなこともあって、
花火が見えると自然にそちらに車が向いてしまったのです。

 

混雑の中、何とか車を止めて俺は土手の草の上に座り
花火を見上げていました。
そして、子供の頃を思い出しながら、
暗闇をいろんな色で染める壮大な花火を見上げていました。
花火を見ていると子供のころを思い出し純粋な気持ちになれるのです。
幼いころのむくな自分に帰れる気がしたのです。

 

花火か~、、、いいな~

何年ぶりだろう、、、?

綺麗だな~、、、

 

ああああ、、、、、あの頃両親に連れられて花火祭りの
夜店を歩いた。俺は小っちゃくて、あれを買って!これも買って!
と色々おねだりをしたな。。。

そんな俺に、
母は1つだけと言って光る棒を買ってくれた。
嬉しかった、、嬉しくてうれしくて、、、、
光る棒をふり回して夜店を両親と一緒に歩いた。
あれから何年経ったんだろう、、、?
20年か? それ以上か?

 

よし! 夜店を歩いてみるか!
そう決心して夜店の裸電球の元へ土手を滑るように降りいきました。

 

夜店は左右に並んでいて、威勢のいい呼び声があちこちから聞こえてきます。
たこ焼き、タイ焼き、フランクフルト、アイスクリーム、色んな飲み物
金魚すくい、ボールすくい、射撃、お面、、、、夏の花火の夜店。

 

 

夜店は人混みでみんな楽しい顔をして食べ物を食べながら歩いる人もいっぱいです。
いいな~、、、カップルが幸せそう!
そんな人混みを歩いていると俺の少し斜め前の店に見えたのです。
似たような棒が!
あの時、母に買ってもらった光る棒が。

 

ああっ! 光る棒! あれだ!

母が俺に買ってくれた光る棒!

俺はその棒だけを見て人込みを進んでいった。

その時です。

 

ドン!と

あなたの正面にだれかがぶつかってきました。

 

あっ! 一瞬、俺は何が起こったのか分からなかった。
でも、俺のすぐ前の地面に1人の少女が倒れていて、
両手を地面について起き上がろうとしているのです。

 

浴衣姿の小学生? いや中学生か?
浴衣の膝から下が土で汚れている。
俺はすぐに少女の両手を持って立ち上がらせて
ゴメン!ゴメン!と言って浴衣に着いた
土を払ってやった。

 

大丈夫だった? ケガしてない?

少女は軽くうなずいて直ぐにしゃがんで足元に転んでいるナイロン袋を
大事そうに開けて見つめていた。

 

どうしたの?

 

俺もそっと袋の中を覗いて見ると、鉢が幾つにも割れて
何かの植物が折れ曲がって根が露出していたのだ。
暗くてよく見えなかったのですが、ぶつかった時に袋を落としてしまい
中の植物が割れて台無しになってしまったらしい。

 

何ということを俺はしでかしたんだ。
こんな小さな少女の買ったものを壊すなんて。。。

俺は優しく少女に言った。
どこで買ったの?
僕が悪かったんだから、新しく買ってあげるよ。

 
すると少女は、
私の方が前をよく見ていなかったから悪いのは私。だから
いいです。すみませんでした。
そう言って頭を下げてその場を立ち去ろうとしたのです。

 

え、あの、、ちょっと、ちょっと待って!
そう言って俺は軽く少女のピンクの花模様の浴衣の袖をつかんで、

あのね!僕も植物が大好きなんだ!
だから僕もこれと同じのを買うからさ、
君のと交換してくれない?

 

少女はじ~っと俺の顔を見つめて言ったのです。
これ、茎がほとんど折れてるからもうダメかもしれない。

俺は、
僕はね、色んな植物育てて来たから大丈夫だよ!
これだって必ず育てられるからね!
大丈夫!

 

そう言って俺と少女は夜店の鉢物売り場で同じものを買った。
400円だった。

さあ!交換だよ!
君のを僕が育てる。そして僕のを君が育てる。
いいね!

うん!

少女は俺の顔を嬉しそうに見つめて、
きっと育てて下さい。約束!

 

そう言って頭を丁寧に下げて立ち去って行った。

俺は植物なんてそれまで育てたことは全くなかった。
知識もない。この植物の名前も知らない。
何だこれ?
ただ少女の大切な物を償いたかっただけだったのだ。
だから、車から途中で捨てようと思っていた。

 

でも、その時の少女の「約束」という言葉が頭から離れず
結局、家に持ち帰りネットでこの花のことを調べて
今まで育ててきたのだ。何故か元気に育った。
ラベンダーだった。

 

でも今は、あの時の花火大会のことなど忘れていたし気にもしていない。
少女のことも、どこの花火だったのかもだ覚えていない。
ただ今では何となく気が向いた時に水をやっているだけだ。
惰性で育てている感じかな。。。
はっきり言って捨ててしまおうかと迷ったこともある。

 

誰かが欲しいというなら譲ってもいい。
このラベンダーの花、、、、、何でここにあるんだろう?
たまに友達が部屋に来て、
お前!
こんな趣味あったん!って冷やかされたこともある。

 

コップの水が鉢に吸い込まれていきます。
ゆっくりと!

 

あああああ、、、、、
あの森での出来事!
俺はもう彼女のことが忘れられない!
愛おしい!
こんなに彼女を思っているのに神様は何と残酷なのだろう!
俺に何を求めているのですか?神様!
彼女に会わせてください!お願いします。

 

俺はあの森のあの木の下で彼女と出会い、そして彼女と
彼女の計り知れない腹部の神秘的な魅力に取りつかれてしまいました。
もう決して戻れません!

 

頭の中はいつも彼女のことばかりです。
人を愛することがこんなにも苦しいことなんて知りませんでした。
ああ~ 神様!仏様!

 

この思いを彼女に伝えたい!
彼女の瞳を見つめて、告白したい!
愛していると!

彼女は俺のこと実際にはどう思っているのだろう!
あまりにも一方的で引いてしまうだろうか?

 

あの時、彼女は
「もうどこにも行かないで」と言った。
だから彼女だって俺のこと嫌ってなどないはずだ。
だが、俺のこと「好き!」とは言っていない。
彼女に彼氏がいても不思議ではない。
いや、いないほうが不思議だ。

 

だとすると、俺に対する気持ちは一体どれ程のものなんだろう?
俺が彼女に寄せる思い程ではないかもしれない?

 

あああああああ、、、、、、、

彼女がどう思っていようが俺の気持ちに変わりはない!
でも、彼女の気持ちも知りたい。
あの時の俺の顔を見つめた彼女の瞳が忘れられない!

 

あああ、、、、、

あの瞳!

あの瞳!

美しく澄み切ったあの瞳、、、、、、

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

うっ!

・・・・・・

あの瞳、、、、

・・・・・・

・・・・・・前にもどこかで、、、、、?

そんなはずはない、、、、

あのキレイな瞳、、、

他にいるはずない!

でも、、、、

どこかで、、、、、、、

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

どこ、、、、、

 

コップの水が鉢に吸い込まれていきます。
ゆっくりと!

 

どこかで見た、、、、

見たような気がする。

いや、そんな、、、、、でも、、、、

確かに、、、

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

どこよ、、、?

どこ?

 

コップの水が鉢に吸い込まれていきます。
ゆっくりと!

 

あっ!

・・・・・・

ラベンダー

ラベンダー?

このラベンダー 誰の?

俺の?

違う!

じゃあ だれ?

・・・・・・

約束!

だれと?

あの少女との約束、、、、

・・・・・・・・・・・・

あの時

・・・・・・

これはあの時の少女が買ったもの、、、

それを交換した。

なら、

これは

あの少女のラベンダー!

あの少女は中学生?だった、、、、!

 

あの時、
少女は俺の顔を嬉しそうに見つめて、
きっと育てて下さい。約束!
と言って去っていった。

 

あの時の少女の瞳!

まさか、、、

少女の瞳!

 

あああああああああああああああああああああああああああああああああ!

 

同じ瞳!

俺が忘れることのできない瞳

あの森で俺を見つめた彼女のあの瞳

あの瞳、、、

少女の瞳、、、

同じだ!

 

間違いない!

間違いなどしない!

あの時の少女が彼女!

あの時の少女が俺が死ぬほど愛する彼女だったんだ!

そして俺たちはこのラベンダーの花で繋がっている。

信じられない!

 

あなたは決して信じられない
運命のいたずらを胸に秘めてラベンダーの鉢を硬く抱きしめます。

 

俺は3年前に彼女と出会っていた!
あの花火大会の日に!

 

涙がどーーっと溢れてきます。。

 

わーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーあっ!

 

夢と幻想の森

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