信じられない光景が俺たち2人の周囲に広がっています。

ムシ子は俺の胸の中で想像もできない恐怖を感じているのでしょう。
ムシ子の長い黒髪から甘い匂いが漂って来ます。

どう解釈したらいいんだろう?
俺とムシ子は、
あの土手の斜面を自転車で加速しながら、あの大きな石にぶつかった。
ただ、実際は衝突する直前に、

俺は、ムシ子の体を抱き抱えて自転車から飛び降りたのでした。

それで、石との衝突は間一髪で避けられたのですが、
それでも、俺たちは地面に投げ出され、斜面を転がり、
大きな衝撃を2人は同時に受けました。
普通なら、間違いなく大怪我をしているはずです。。
ところが、幸運にも2人は無事でどこも怪我はありませんでした。
自転車も汚れはしたものの、どこも壊れていません。

一体、どうなっているのでしょう?

信じられない何かが2人の身に起きている。
それには間違いありません。

今、2人の前にある光景は一体なんなのでしょう。
全く信じられない光景なのです。

一瞬のうちに、
周囲の景色が全く変わってしまったのです。
さっきまでの光景はどこへ行ってしまったのでしょうか。
消えてしまった。
そんな事がありうるのだろうか?
ほんの少し前の世界が一変したのです。

今まで周りに見えていた建物が全く無くなって、
周囲一面、ほとんど何もない世界が広がっているのです。

ただ、少し向こうにある橋は同じ場所にあるのですが、
鉄骨で出来てた物が、木製になっているばかりか、
以前よりもはるかに小さなものに変わっています。

一体、何がど~なってるんだ!
一瞬で、周りの物が殆どなくなったのです。
俺は、胸の中のムシ子を固く抱きしめました。

見上げる空には、白い雲がゆっくりと流れ輝いて見えます。
、、、、? ここはどこ、、、、?

その時です。

向こうの木の橋の上を馬が走っているのが見えました。

は~あ、、、、?

あれ、何? まさか

馬!  自動車ではありません。

確かに馬です。馬が走る音です。
実際の音は初めて聞くのですが、間違いありません。
テレビなんかで聞く音と同じです。

嘘みたい!

馬が走っている! 信じられない、、、、、

本当に馬が走ってる。 何で! 馬が、、、、、、 

3頭の馬が、猛スピードで橋を渡り、こちらへ向かって走ってきます。
何だかイヤな予感がします。

おい! ムシ子! 隠れるんだ! 
何かヤバイ感じだ!

そう言うと、
すぐに自転車を斜面にひこずり降ろし2人は斜面の草の中に
伏せるようにかがみこみ様子を伺いました。

間もなく、俺たち2人の土手の上を、
馬が3頭全速で走り過ぎていきました。
すっごい迫力です。
今までに感じたことないような迫力に圧倒されました。
しばらく土ほこりが土手に立ち込めていました。
張り詰めた緊張感から解放されないまま、

俺もムシ子も斜面の草むらからその様子を息をのんで、
食い入るように見つめていました。

ムシ子は目を丸くして、瞬きもせず見ていました。
俺もです。

・・・ 信じられない!

おい! 今の見たか! あれって何?
あいつらだれ?
めちゃめちゃ変な格好してたと思わないか?
それに、
あの腰にあった物を見たか?
あれってさ、ヤバイ気がすんだけど、、まさか、、、、、、

ムシ子は、じ~っと馬が走り去った後を見つめて
何かを考え込んでいます。
間違いなく、頭がパニクっているのだと思いました。
それでも、ムシ子は自分なりに答えを出そうと必死で
考え込んでいる様子です。

しばらくして、
ムシ子が言います。

そうよ、そのまさかの物よ! 
あの腰の長い物はヤバイ物よ!

・・・

間違いないわ! あれは、

刀よ! 刀しかない!

ハア―――――――――――あ!

でも、まさか、本物じゃあないだろう!
いくらなんでも、それはないか、、、、!
本物だったら、銃刀法違反になっちまうもんな!

・・・

ムシ子! お前! 、、、、

さっきから、すっごい考え込んでるけど、なに考えてんだよ?
で、何か考えがまとまったのかよ?

・・・

お前の想像を言ってみろよ!
俺には、この状況を理解するのは到底無理!
だからさ! 何でもいいから言ってみろよ!
きっと超ヤバイ想像なんだろう?

缶コーヒー!
私たちとんでもない処に来ちゃったみたい。
は~あ、、、?
とんでもない処って、どこさ?

私が、これから話すこと間違っているかもしれないけど、
あくまで私の想像だから、そのつもりで聞いてね!

私の事、バカだと思うかもしれないけど、
それでも、最後まで聞いて!

・・・ おう!
わかったから、早く話せよ! 言ってみろ!

ムシ子は、一瞬ためらってから、、、、

・・・

じゃあ、話す。
ここは銃刀法違反なんて存在しないわ!ここには警察もいない。
私たちが今いる、この時代は、

この時代は、戦国時代!

はあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーあ!

戦国時代ーーーーーーーい! 

はっきり分かんないけど、1583年頃。
この時代では、天正と呼ばれているはずだわ!
おそらく天正11年頃だと思う。

天正ってなに?

おい、おい、待ってくれ!
急に何を言い出すんだ!

ムシ子! お前! 頭、大丈夫か?
さっきの自転車の衝撃で頭を打ったのか?
いくらなんでもさ、戦国時代って、、、、
それはないだろう。。。

いくらなんでも、そんなこと考えるのってイカレてる!
正気じゃない!
ムシ子! お前! やっぱバカか?
それとも、
また、俺をからかってるのか? 
バカにするのもいい加減にしろ!

ムシ子が真剣な顔で俺を見つめました。

・・・ 

缶コーヒー!
私が冗談でこんなことを言ってると思う?
あなたも見たでしょう!
さっきの馬に乗った人たち! あなたも見たでしょう!
あれが、仮装?!
あれが、コスプレ?
そんなキレイな物じゃないわ!
飾りっ気のない重々しくて、しかも殺気に満ちていたわ!

あんな怖い表情は普通の人たちじゃあないわ!
普通の人じゃあないって、、、、
じゃあなんだ、あいつら?

・・・

本物の侍よ! 戦国時代の武将たちよ!

・・・ は~あ? 本物の侍? まさか!

マゲを切ってハチマキしてしてたけど、3人とも髪が長かったわ!
長いひげも、はやしてたし、険しい表情だったし、
それに、腰の物は普通の刀じゃないわ!
ソリが大きくて長くて、あれは実戦用の刀だわ! きっとそうよ!
あれは、戦国時代の特徴的な刀なんだわ!
それに、帯にさすんじゃなく、腰につるしてた!

おい! おい! ムシ子!
お前! 戦国時代の刀を実際に見たことがあるのか?

ないわ!

はあ~?
じゃ、なんで、そんなことまで分かるんだよ?
本で見た。
ふ~ん、本か~?

そっか、でもお前、
よくそんなところまで見てたな!
俺は、一瞬だったので、全然気が付かなかった!
それは、缶コーヒーあんたが注意力不足なだけ!
悪かったな!

もう1つ大きなことがあるわ!
なんだ! まだあるのか? 言ってみろよ!

私たちが、今居る、この場所なんだけど、、、

埼玉だろ!
、、、、、まさか? まさか? お前!
埼玉県じゃあないって言うんじゃないだろうな、、、?
どうなんだよ、、、、

私の想像では、
福井県の福井市で、北ノ庄城のある場所の近くだと思うわ!
私たちの2019年の世界では、福井城跡として石垣だけがあって、
北ノ庄城の本丸跡には、福井県の県庁が建ってるの!
でも、1583年頃のこの世界では、まだ北ノ庄城が建ってるはずだわ!
つまり、今、私たちは北ノ庄城の近くに居る。。。。

俺! 頭がついていけないなさそう、、、、、
俺には、お前が、なに言ってるのかさっぱり分かんねえ!
俺を脅かさない様に、頼むから、分かり易く、
ゆっくりと説明してくれないか! な!

・・・ 

わかったわ
、、、、でも、あくまで私の想像だと思ってね、、、

私の想像では、さっきの侍なんだけど、
おそらく、柴田勝家の家臣だわ!

はーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーあ!
柴田勝家ーーーーーえ?

柴田勝家の家臣?
おい! おい! なんでそんなこと分かるんだよ?
だって、3人とも馬の後ろに旗を立ててたでしょう。。。。
あの旗のマークよ! あれは、柴田家の家紋よ! 
雁(カリ)が2つ上下に並んでたように見えたわ。
そんな風に見えたの、、、、、もし、そうなら、
あの家紋は、
ふたつかりがね紋っていうの。。。。。

ふたつかりがね紋?
なんだ、それ?
聞いたことがねえ単語だ!
けどさ、ムシ子! なんでお前、そこまでよく知ってるんだ?
信じられねえ、、、、

別に、、、、
知ってるってほどでもないけど、
だって暇で勉強してたら、、、それで、たまたま覚えてただけよ!
お前! 暇で勉強すんのか、、、、?
信じられねえ奴だ、、、、

ムシ子! どうした、、、
お、お前、、、、まだ何か考えてるな、、、、、

・・・

どうしたんだよ、うつむいて、どうしたんだよ?
ムシ子! 何を考えているんだ?!

ね~、缶コーヒー!
私たちが今座ってる、この斜面を見てよ!
あなた気が付かない?

は~? 
何が言いたいんだよ?
この草がど~かしたのか?
ムシ子! 思ってることを言ってみろ! 
俺には、こんな草を見ただけじゃ分かんないよ!
言えよ! 早く!

ムシ子は、2人が座っている斜面の草を見つめています。

・・・ 見て、、、、これ、

花が咲いてる!

ああ、確かに咲いてるな~、、、
だったら何んなんだよ!

よく見てよ、、、
この白色の花はノイバラの一種だわ、
それに、
ピンク色にいっぱい咲いているのはアカツメグサだと思う、、、

お前が、花を良く知っているのは分かったさ!
でも、それが、ど~したっていうんだよ? 
何が言いたいんだ、ムシ子!

季節よ! 今私たちがいる季節!
冬じゃあない!
冬に、こんな花が咲くわけない、、、、、

はあ~? だったらいつなんだよ?

ノイバラの白色に赤い斑点が見られる、、、、ってことは、、
多分、、、、、、、
今は6月頃よ、、、初夏だわ!
あの空を見てよ、、、、あの雲が冬のものだと思う?

あ~ 確かにそんな感じだ、、、実際に気温も温かみたいだ。。。
キレイな雲だな~っと思って空を見上げていると。

その時、ムシ子が急に大声で叫びました。 

まさか!(ムシ子の叫び!)

俺はビックリして斜面から転げそうになりました。
ムシ子! なんだよ? 急に!

今は、、、、、今は、、、、、

今は、なんなんだ? ムシ子!
思っていることを言ってみろ! 何でもいいからさ!
今は、6月の中旬かも、、、?

だったらなんだって言うんだ!
それがどうした?
なんなんだ?

今は、1583年の6月中旬かもしれない、、、、、、
で、そ~だったら、なんなんだよ!?

1583年6月中旬と言えば、賤ヶ岳の戦いで柴田勝家が破れた年だわ。
そして、合戦の後、勝家は北ノ庄城に逃れたと言われている。
そして、6月13日には前田利家を先鋒とする秀吉の軍勢に包囲され、
翌日6月14日にお市と一緒に自害したんだ。

でも、今の時点では、勝家とお市はまだ生きている。
きっとそうだわ。。。。。!
さっきの、侍は勝家の家臣で北ノ庄城にいる勝家に前田利家の軍の
襲来を告げに走って行ったのかもしれない?

とすると、前田利家の軍勢がもうすぐ攻めにやって来る!
北ノ庄城は、本当にこの近くかもしれない。

おい! おい! ムシ子!
お前! なんでそこまで想像できるんだよ!
いくらなんでも、考えすぎじゃん!
もう、めちゃめちゃ飛躍しすぎてるんと違うか~、、、

じゃあ、缶コーヒー!
あんたの想像を聞かせてよ!
なんでもいいから言ってみて、、、、、、

俺の想像~?!
そう! 缶コーヒーはどんなふうに思ってるのよ?

俺はだな、、、、、、え~っと、、、、、、
・・・

俺とお前はだな、
なんでか知らないけどさ、今同時に同じ夢を見ているとかさ。
夢の中で変な場所へ来ちまったとか、、、、

いてーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーえ!

ムシ子の右手指が思っ切り、ほっぺたをつねっています。

止めろ―――――オ! 分かった、分かった、

夢じゃない! あ~痛!

だとすると、
さっきの侍はだな、、、何かのイベントで仮装しててさ、、、
イベントの時間に間に合いそうになくってさ、、、、、
近くに馬があったから、それを借りて、、、、
急いで会場に走って行ったとかさ、、、、、、、

・・・

・・・(ムシ子が呆れた顔で俺を見つめています。)

・・・

缶コーヒー!あなた、空き缶なの?

・・・

よく周りを見てから判断してよ、、、、、!
この周囲の景色は一体、どう説明できるの?
建物がないし、橋も木製だし、電柱や電線もないし、
自動車も見えないし、
私たちが暮らしていた世界の物は何一つない!

それに、この暖かい風はなに?
初夏の風よ!、、、、、空の雲だって、もう夏の雲だわ。
6月頃の花だって、現にここに咲いてるじゃない!
現状をよく見て判断してちょうだい、、、、、、

缶コーヒー!
ハッキリ言っちゃうね!
私たち2人は戦国時代に、

タイムスリップしちゃったのっ!
分かったーーーーーーーあ!

えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーえ!
タイムスリップーーーーーーーーーーーーーーーーウ!

いくら何でも、それって映画の世界じゃん!
現実にそんなことが起こるはずないだろう!
例え、あったとしても、

じゃあ、
なんで戦国時代なんだよ、、、、?
一番危ないとこじゃんか~
なんで、この時代なんだ、、、、、、、な~ ムシ子!
なんでなんだよ?
そんなこと、私に分かるわけないじゃん、、、、

・・・

でも、あなた、昨日、日本史の授業で言ってたじゃない。。。
戦国時代のお偉いさんには、勿論、興味あるよ、
だけどさ、争いで領主が次々に変わっていく領民なんかがさ、
どんな生活してたんだろうって、、、、
その気持ちなんかが知りたいな~って思っててさ、、、、とかなんとか、、

と、言った後、私はふとあることを思い出していました。
私は、昨日缶コーヒーと一緒に帰宅途中で、
あのイチョウの並木道で、あることに深い思いを巡らしていた。

それは、勝家とお市の自害について、
私はイチョウの葉の舞う空に向けて強く願った!

勝家! お市! 私に教えて!
あなたたちは、実際にはどのような最期を遂げたの! と、

あっ! あの時、
イチョウの葉の一部が一瞬、輝いたような気がする。
あれは、なんだったんだろう?

あの時、私のタイムスリップ先がセットされのかもしれない!
缶コーヒーもこの時代に関心を持っていたし、
私たち2人が、
この時代に、タイムスリップの時刻をセットさせちゃったのかもしれない。

あの斜面で、石にぶつかる瞬間、
缶コーヒーの両腕が、私の内臓の何かを強く刺激したように感じた!
あ、、、、
そうだ! 
あの瞬間に私たち2人はきっとここにやってきた!
時を超えてしまった! 

それと同時に、
勝家とお市が私たち2人を、
この時代に呼び寄せたのかもしれない?

信じられないことだけど、、、、、そうとしか考えられない!
そう考えると、全てがつじつまが合うし納得できる。。。。。

だとしたら、
私たちは勝家とお市に会わなくてはいけないんだわ!
きっと、そうだ!

私は、私の思いを全て缶コーヒーに打ち明けました。
缶コーヒーが理解できるように分かり易く説明しました。
一生懸命に話しました。

・・・

・・・

えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーえ!
まさか~
はーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーあ!
マジでーーーーーーーーーーーーーーーーえ!

・・・

・・・

ムシ子! お前! いくら何でも考えすぎだ!
勝家とお市が俺たちを、この時代に呼び寄せただって~!
勝家とお市に会うって~!
お前な! 一体何考えてんだ?
そんなことしてみろ、俺たちは柴田軍か前田軍に捕まって
2人とも100%殺される! 
絶対に! 間違いなく! 確実にだ! 

・・・

それに、会ってどうするんだ?
何の目的で会うって言うんだよ?
戦の最中に、私たちは未来から来ましたって、
挨拶するっていうのか?
そんなことバカげたことを相手が信用すると思ってるのか?

・・・

そんなこと私には分かんないけど、
きっと、
勝家とお市は、私たちに何かを伝えたいんじゃないかと思うの?
だから、缶コーヒーも私も会わないとダメなの、、、、!

ダメって、なんで決めつけるんだよ!
お前は、そ~していつも自分で決めつける癖があるぞ!
悪い癖だ! 全く、、、、

あのね、私は缶コーヒーと昨日会ったばっかしだよ。
なんで、いつもとか言うのよ、、、、
私の事、全然、知らないくせに、、、、、

俺はまだ死にたくないからさ!
行かないぞ!
行くなら、お前一人で勝手に行ってこい!
会う前に捕まって、お前さ、
刀で腹を切られるか、腹を槍で刺されるか、
弓矢で腹を射られるか、いや~、、、待てよ
磔にされて腹を何度も串刺しにされるかもしれないな、、、
どっちにしても、確実に殺されるさ!

あの、あの、あの、
なんで、お腹ばっかしなのよ?

だって自転車の後でお前の腹にず~っと掴まってたら、
柔らかくってさ、気持いいっていうか、、、、、だから腹なんだ!
お前の腹の中身って変な感じだったし、温かだったから、、、

こらー! 缶コーヒー! 全然、理由になってなーーーい!

それと、缶コーヒー! あなた、元の世界に帰りたくないの!
このまま、この戦国時代で一生過ごすつもりなの?
それでいいの? 
だったら、あなただけこの世界に残ったらいいわ!
私は行く! 一人でも行くからね。

おい! 今のど~いうことよ?
元の世界に戻るって、、、、、

あのね。
この世界に来たのには、なにか理由があるはずだわ。
きっと目的があるはずよ!
その目的が勝家とお市のような気がするの。
会ってみないと分かんないけど、会って目的を果たせば、
私たちは必ず元の世界に戻れるわ!
今は、そう信じる外はないじゃない!
だから缶コーヒー! 一緒に行こうよ!
私と一緒に勝家とお市に会いに行こう。。。

・・・

ムシ子が真剣な表情で俺を見つめています。

・・・ (俺は真剣に考えました。現状やムシ子の言っていることをです。)

・・・ (けど、、、、会いに行くって言ってもどうすれば、、、)

・・・ (歴史に残る人物だぞ! そんなに簡単に会えるだろうか?)

・・・ (でも、このままこの世界に留まるなんて、、、、!)

・・・ (それに、ムシ子を1人にするなんて出来ないし、、、)

・・・ (ムシ子を守ってやりたいし、、、、)

・・・ (俺! ムシ子が好きみたいだし、、、、) 

・・・ (あ~ 仕方ないか~ )

ムシ子! わかった!
俺がお前を守ってやる!
その時です。
2人のお腹がほぼ同時に、ぐ~っとなりました。

缶コーヒー! お腹空かない? お腹。
あ~ ペコペコだ! 倒れそう!

俺たち飲み物あったよな!飲んじゃおうか?
俺は缶コーヒー、お前はミルクティーだ!

ダメ! ダメ!
今飲んじゃったらダメよ! これは最後の最後
まだこれからど~なっちゃうのか分かんないもん?
その時のために取っておくの!

自転車の2人乗りで、
馬が走って行った方向に土手を進みます。
しばらく道に沿って進むと、道にしゃがみ込んで
しくしくと涙を出して泣いている幼い女の子に出会いました。

年齢は6~7歳でしょうか。
服装は白い斑点模様の紺地のとても地味なもので、
帯も灰色っぽい物を着ています。
長い髪を頭の上で何かの植物の細紐でまとめていました。
履物は、ワラジでした。

・・・ まさか!

その姿をまじかにして、しばらく缶コーヒーも私も
唖然として声すら出ませんでした。
同じショックを2人同時に感じていたのです!

嘘! 信じられない!

2人が今まで居た世界の人間ではない!
その姿を見て一瞬で悟らされました!
そして、
自分たちが本当に、過去の別の世界に来たことを
その少女によって実感させられたのです。
ムシ子自身も、缶コーヒーに話していたのは想像の話でした。
それが正に現実だと思い知らされたのです。

私たちの世界では、こんな姿の女の子はいない!
女の子の服装、髪型、雰囲気や全てが別の世界のものでした。
それに、
ワラジを履いてる女の子なんて今まで見たことはありません。

あっ! 膝を怪我してるぞ! 
缶コーヒーがそう言って
直ぐに、カバンから消毒液とシップと包帯を取り出し女の子の
右膝を優しく丁寧に手当しました。
ちっちゃな右膝に血が滲んでいました。

もう大丈夫だ!
直ぐに治るからね!
泣かなくていいんだよ!
すると、女の子は缶コーヒーに向かって
にっこりと微笑みました。
お家はどこなの?
缶コーヒーが聞きます。
すると、女の子が、あっちと言って指さしました。

え? あっち? 

私たちは同時に、その方向を見たのですが、何もありません。
建物らしきものは何もないのです。
荒野が広がっているだけです。
ですが、よく見ると、何か煙のようなものが見えます。
、、、、? 
ひょっとして、あそこかかな、、、、

缶コーヒーが私に言います。
ムシ子! この子をあそこまで送り届けようぜ!
足を怪我してるし、俺が背負っていくからさ! いいだろう?

ムシ子は、にっこり微笑んで言いました。
分かったわ! あなたの足は大丈夫なの?

結局、
少女を自転車の後ろに載せて村まで送り届けることにしました。

でも、缶コーヒー! あんた! いいとこあるね! 
勿論さ、今わかったのか? みんなからそう言われてんだ!
バカ!自分で言うか!

それにしても、保健室で1セットもらっていてよかったよ。
消毒は入れ物ごともらったし、シップや包帯もしっかりある!
多分、後からの痛みを考えて先生がくれたんだろう。
ひょっとして俺が学校休むかもしれないって考えたのかもしれない。
痛み止めの錠剤もくれてるもんな。。。

缶コーヒー!
ごめんね! 
テニスの授業中に、そんな怪我をさせちゃって。
礼なんかいいよ。ムシ子が無事だったし、
俺だってこれくらいで済んだんだし、
今の状況はともかく、俺たちって考え方によっては、
ついてたのかもしれないじゃん。

でも、1つ不思議なんだ!
あの時のテニスコートでのこと、お前覚えてる?
う、うん!
確か、一瞬、風が強く吹いちゃって、誰かの危ないって声で
周りを見ると校舎の方から板が私に向かって飛んで来てたわ。
あ、逃げないといけない思ったけど
体が硬くなってそのまま動けなくなっちゃって、
そしたら、地面に誰かと一緒に倒れてた。
誰かと言うのが、缶コーヒー、あなたよ。
不思議なことって何?

あ、あぁ、、
ムシ子と俺の距離って20m以上あったよな!
俺が気付いた時には、板はお前の目の前まで来てたんだ。
俺!
どんなにしてお前の処まで行けたんだろう?

・・・

しばらく土手の道を歩いて、土手を下って細道に入ると
その内、水田や野菜の畑が続いていました。
自転車も通れる道でした。

水田はこれから苗が大きくなっていく稲が植えられています。
畑には大根、ナス、なかの芋や豆が植えていました。

自転車の後ろで少女は、可愛い声で歌を歌ってくれました。
知らない歌でしたが、何か懐かしいような歌でした。
少女の怪我については
あの時、馬が走って来て、それをのけようとして転んだようです。
一歩間違えれば危なかったところです。

村に近づくにつれて、
不安というか、期待というか、何だかドキドキしていました。
どんな人たちが2人を待っているのでしょう。。。?

・・・

畑や田んぼで農作業をしている人たちが見えてきました。
向こうに村の様な物が見えます。。。
煙が上がっているのが見えました。

と、その時です、
農作業をしていた農民の一人が私たちに気付き、
こちらを指さしています。
他の人たちも俺たちに気が付いた様子です。
その内、みんなが作業を止めて、道具を持って
村の方に駆けて行きました。

ムシ子!

何? 缶コーヒー!

何だか、様子がヤバクない?
俺の気のせいかな~あ、、、、
何だか俺たち歓迎されてない風なんだけど、、、、
でさ、
これ、俺からの提案なんだけどさ、もう少し行った辺りで、
この子を降ろして、引っ返さないっ!

ムシ子が言います。
缶コーヒー! 私と賭けてみない、、、!

はあ~ 賭けを、お前から言い出すのか?
どんな内容なんだ?

私たちは、この子をあの村まで送り届けて、
無事でいられるって内容。
ここまで来て、途中でこの子を置いていくなんて出来ないわ。
最後まで送り届けるのよ。
農民の人が勘違いして、
私たちをどうにかするかもしれないリスクは勿論あるわよ。
でも私は、そうでない方に賭ける。

・・・

ムシ子さ~ その賭けって、俺が勝った場合どうなるんだよ?
俺たち、ただじゃあ済まないってことだよな!
それって賭けになってねえじゃんか! 俺、降りる!

じゃあ、どんな賭けだったらいいのよ?
そうだな、、、、
俺の賭けは、今回の事で腹がいっぱいになることだ!
とにかく腹減った!
で、俺が勝ったら、頼みがある。勝った時に言う!

・・・
ふ~ん、なに企んでるのやら?
どうせ、大したことじゃないんでしょ!
気になっちゃうけど、まあ、いっか!
私もお腹空いちゃったし。。。。

・・・

村に到着しました。

10人程の農民が私たちを直ぐに取り囲みました。
中にはクワやカマの様な刃物を手にしている人もいます。
タダならぬ雰囲気が立ち込めています。

缶コーヒー! 早く! 早く!
何か言って! 早く!
はあ~ 早くって、何を? 
一体、どうしろってんだムシ子?
あんたが説明すんの! この女の子を送り届けた経緯を。。。早く!
え~ 俺が? 
お前がやればいいじゃんか!
私ではダメなの! 
この時代は男じゃないとダメ!

こら早く説明しろ、ってば!

じゃあないと、ぶっ殺される! やりなさい!
村人が鋭い目で2人を見つめています。
ホントだ! マジ、やばそう、、、、、

・・・ あ、あのう、、、

僕たちは、我らは旅人で怪しい者ではありません。
旅の途中で、この娘さんが足に怪我をしているのを偶然見つけました。
よって、手当をして、この乗り物に載せて送り届けて来ました。
どなたか、親御さんの元に連れて行ってください。お願いします。

・・・ そう言って、自転車から女の子を降ろしました。

女の子は大きな声で、
おにいちゃん、おねえちゃん、
助けてくれてありがとう! と大きな声で言って、
村人の中に入っていきました。

村人たちの数が段々と膨れ上がり30~40人になっていました。
群衆が何やらざわめきはじめました。
最初の殺気は感じられませんが、
変な格好をした俺たち2人を見ながら何やら話し合っています。
ズボンの学生服とセーラ服の2人をジロジロ見つめています。
今まで見たことのない格好のはずです。
靴だって見たことはない、自転車なんて知らない、、、
髪型も変だと思っているに違いありません。
異様な空気が流れ始めているように感じました。

ムシ子! 早く立ち去った方が良いみたい!
俺たちの役目は済んだんだ!
もう賭けなんてどうでもいいからさ、
行くぜ! ムシ子殿!

そうみたいね! じゃあ、
行きますか、缶コーヒー殿!

その時です、村人の中から声がしました。

ちょっとお待ちください!
私は、この村の村長です。
私の、娘を助けて下さって、本当にありがとうございました。
もしよろしければ、私の家にお泊りいただけませんでしょうか。
無理にとは申しません。
かゆなどを召し上がってください。
娘のお礼をさせてください。

——————————

村長の家は、村の一番外れにありました。
2人が知っている家とはかけ離れた様相の建物でした。
ワラぶきの急こう配の屋根、建物も小さく飾り気がなく
埃っぽい庭には、畑で採れた野菜が干してありました。

建物の中は土間と井戸があり、炊事場らしき場所があって
水ガメのようなものがいくつか置いてありました。
土間を上がったところが居間のようで、板張りの床に、
ワラで編んだしっかりとした敷物が所々に敷かれています。

建物の中で一番大きな部屋が居間のようで、
その中央に四角に切ったイロリみたいなものがありました。
それを囲んで食事をしたり、その周りで生活をしている風でした。
居間以外にも幾つか部屋があるのかもしれません。
とても裕福な暮らしぶりとは思えませんでした。

俺は戦国時代の住民の暮らしに興味を持っていました。
そして、今、正にその戦国時代の住民の家を、
現実に目にしているのです。

常識では考えられない光景が2人を取り囲んでいるのですが、
そこには確かに生きている人間が暮らしていて、
2人はその人たちと接しているのです。

俺もムシ子も、自分たちが全く違った世界に存在していることを
再認識させられるのでした。

イロリの側に案内されて、ワラの敷物に座って、
2人はキョロキョロと辺りを見回していると、
村長の奥さんらしき人が、お茶を持ってきました。

この度は、
娘の菊を助けていただきまして本当にありがとうございます。
何もできませんが、
今日はごゆっくりと我が家で休んでいって下さい。

飾り気のない整った顔の奥さんが、そう言って細い右手を
伸ばしお茶を膝元に置いてくれました。
その時、一瞬、裾からのぞいた白い腕に傷のようなものが
見えました。

あ! ケガ? 

・・・ 奥さんの右手に切り傷が、、、、

あの、どうされたんですか?
腕に怪我をされたのでしょうか?

・・・ 村長と奥さんは顔を目を合わせました。

あ、はい! これは、

昨日農作業でうっかりしてカマで自分の腕を切ってしまいました。
大したことではありません。直ぐに治りますから。。。。
そう言って、その場を離れようとしたのですが、

その時直ぐに、ムシ子の肘が俺の体を突きました。
ムシ子の意味が分かりました。

あ、あの、、、、
ちょっと待ってください! 
僕が、僕が手当いたします。
腕の怪我を見せていただけませんか。

そう言ったかと思うと、ムシ子が直ぐに立ち上がって、
家の軒先の自転車の荷台から2人のカバンを
持ってきて俺の側に置きました。
ムシ子の素早い対応です。

・・・

ムシ子! 一体どうしたらいいんだよ?
ムシ子が小声で言います。

お湯を沸かして、それを冷まして傷口をしっかり洗って、
消毒して包帯をするのよ。

お湯を沸かすって、ど~すんのよ?
時間がかかって今すぐ出来ないじゃんか。
一瞬、ムシ子は何かを考えている様子です。

・・・

そっかあ、、、じゃあ、はい、これ!
そう言って、ムシ子は自分のカバンの中から水筒を
取り出しました。

え! お茶?

お茶じゃあなく、お水だよ!
私は普段からお水を飲んでるの! 
白湯は健康にいいって母上がいつも入れてくれるの。
母上?
ここは戦国時代よ! さあ早く!

しっかり入ってるし、もう冷めちゃってるから、
この水を使って患部を洗って、自然乾燥させて、
後は、消毒と包帯だよ!
さあ! やるのよ!

よし、分かった。任せろ!

2人は奥さんの右腕を見てビックリです。
大したことないどころか、大変なケガです。
傷は深くはありません10cm位もあって、そのままにして置くと、
化膿して大変なことになるかもしれないと思いました。
2人の感覚では大ケガです。

優しく丁寧に傷口を何度も洗って乾燥するのを待ちました。
ムシ子が奥さんの腕を手とひじを持って固定します。
缶コーヒーが奥さんに言います。

奥さん!
今まで傷口がかなり痛かったのではないですか?
奥さんが、ゆっくりとうなずきました。

これから、傷口に薬を付けます。
その時、少し痛いと思いますが我慢してください。でも心配いりません。
ケガを早く治すためです。いいですか?
奥さんと村長は顔を見合わせ、村長が言います。
お願いします。

家族中が取り囲む中で奥さんの治療が始まりました。
菊が言います。
かあちゃん、
おにいちゃんは、私の足もすぐに治してくれたんだよ!
がんばって!

じゃあ、やりますよ!
・・・
傷口に消毒液を噴霧させました。

うっ! 

噴霧した瞬間、消毒液が傷口に沁み込んで、
奥さんの口から押しこらえた声がもれました。
ムシ子がしっかりと腕を固定しています。
ムシ子と俺の2人の共同作業です。
俺がドクターでムシ子が看護師って感じです。

慎重に、優しく、丁寧に進めます。
何度かに渡って、しっかりと消毒液をかけます。

傷口の上から包帯を丁寧に、しっかりと巻いていきます。
ケガの手当はそれだけでした。
次に、
俺はカバンから痛み止めを取り出して、
薬の説明をしました。
口にするものなので安心してもらうためです。

それを飲むと痛みがなくなると説明し、
その1粒を白湯と一緒に奥さんに飲んでもらいました。
治療は終わりです。
ムシ子と俺は安心してうなずきあいました。
直ぐには治らないかもしれませんが、
放置して化膿することを考えると、良かったと思いました。

そして、俺は、
村長にケガの治療の仕方について説明し、
今、奥さんに使った消毒液や包帯、飲み薬について一式全て渡しました。
包帯は洗ったら何度でも使えるとか、1日に1回、同じことをやるとか、
他の村の人がケガをした時でも使ってほしいなど話しました。

その時です。
村長~ 大変だ!
大きな声で庭先に1人の男が走り込んで来ました。

かなり慌てている様子です。
次郎が、次郎が、、、、、村長! 来てくれ!
助けてくれ! 早く!

その声で村長は男に連れられて庭先に飛び降りて、
外に走って出ていきました。

一瞬、ムシ子と俺は顔を見合し、無意識のうちに
村長の後を追って外に飛び出していきました。

村の広場の隅にある高い木の枝先に1人の男の子が、
枝にしがみついているのです。
その木の片方には多くの村人たちが集まっています。

一瞬で、その状況は分かりました。
6~7歳の男の子がかなり大きな木に登り、その細くなった
枝先に必死につかまって、声を出して泣いています。
枝が大きく曲がって、いつ落っこちるか分からない状況です。

村人たちは何とか助けようとしているのですが、
足場は10m以上の岩谷になっていて右往左往しているだけなのです。
もし、落っこちるときっとケガだけでは済みません。
助からないと思いました。

かなりヤバイ状況は一目瞭然でした。
ムシ子が言います。
缶コーヒー! 助けるのよ!
え!
でも、どうやって!

その時です。
バキバキっという鈍い音がして枝が折れました。
あっ! 落ちた!
2人は必死で岩谷に向かって走りました。

ドサッ!

気が付くと、、、、、
俺は男の子の体を谷底でしっかりと受け止めていました。
とっさのことで何がどうなったのか自分でもよく分からないのですが、
とにかく、
谷底まで走っていき、男の子を受け止めることが出来たのです。
間に合ったのです。
信じられないのですが、現実でした。
ムシ子も俺のすぐ横へ居ました。

少しして村人が谷底の俺たちの処へ集まってきました。
男の子の両親らしき2人が俺たちに息を切らせて走り寄って来て、
何度も何度も頭を下げて丁寧に礼を言いました。
男の子も、お兄ちゃん、お姉ちゃんありがとう!
と言って涙を拭きながら、直ぐに笑顔になって、
両親に抱きついていきました。

ムシ子が俺に、缶コーヒー! すっごい!
あんた、やるじゃん!見直したわ!と、横から拳で俺の肩を
ドン!と叩きました。
まあね!少しは見直したか!
ひょっとして、俺のこと好きになったとかさ?
ば~か。。。

あれ? ど~したんだろう?
村人の様子が変みたい。缶コーヒーが言います。
え?
・・・
何だかお前を指さしてるぞ、ムシ子!
みんながお前を見てるような気がするけど。。。
私を? 
分かった! 私が可愛いってみんな気が付いたんだ!

村長が言います。
あの、
娘様! 大丈夫でしょうか? お怪我は!
え! 怪我って誰が? ひょっとして私の事?
私、ゲガなんてしてないし、すっごい元気なんだけど、

でも、
なんで、みんなが心配そうに私を見てるのかしら。。。
ど~いうことなの、缶コーヒー!

・・・

と、その時、横に立ってる缶コーヒーが言いました。
ム、ムシ子!
お、お、お前!

だから、なんなのよ!

腹だよ!

腹?

腹がなんなのよ? ハッキリ言いなさい!

お前の腹! ヤバイ!

は~あ、、、、私のお腹、、、、、?

私は下を向いて自分の腹部に目をやりました。
太い枝がウエストのスカートの処に深く刺さっていました。
明らかに内臓深くまで達しているに違いありません。
折れて落ちて来た枝が、私のお腹に、
ブスッ!と、食い込んでいるのです。
そんな~あ、、、、、、

嘘でしょう! 
ねえ! 缶コーヒー! 
私、ここで死んじゃうの?

夢と幻想の森